ほぼ日手帳のこと。

 ほぼ日手帳については、知っている人と知らない人がいると思う。

 そりゃそうだ。

 日本人が勤勉だな〜と思うのは、手帳や語学のテキストが書店にズラ〜っと並ぶ時である。

 もちろん、僕だって何度かそれに踊らされてきた。

 でも、手帳というのはなかなか使いこなした試しがない。

 そして、ほぼ日手帳に出会うまでは、手帳とは日記ではなくてスケジュール管理をするものだと思っていた。

 通常の手帳というのは時間のマス目があったり、書く場所が狭いのでどうしても箇条書きで終わってしまう。

 それに比べるとほぼ日はずいぶん自由だ。実際に手に取ってみれば分かるが、方眼紙上のマス目は縦に横にも自由に書ける。しかもマスの色が薄いのではみ出しても気にならない。もちろんマス目を使えば線を簡単に引ける。つまり、きっちり書く事もだらだらと書く事も自由なのだ。

 しかもたっぷり半ページの文庫サイズ。その他にもいろんな工夫があるのだが、それはともかく。

 僕はこの手帳をノート代わりに使っている。ちょうどブログを書くように思いついたら書いている。

 こうしてキーボードを叩くのと実際に紙に文字を書く事はやっぱり違うなと僕は思う。今の子どもはもう紙というものの感覚が違うのかもしれないが、僕はまだまだ紙の世代だな〜と書く度に実感する。鉛筆で様々な古典作品をなぞるというのが中高年でブームというのも僕はうなずける。

 文字を書くというのは思いのほか集中できるし、ストレス解消にもなるような気がする。ところが年を取るにつれて文字を書くという行為は極端に減ってくる。パソコンの普及のせいだろう。大人で筆記具を持っている人を見るとちょっと意外な気がする。

 でも、手帳なら特に違和感も無い。僕の場合は書いていく事でいろんな事を考えるので、文字を書くという行為が脳を一番刺激しているようだ。

 僕にはもう一つ最近はまっている事がある。言葉というものが好きな僕は外国語には興味がある。というのも外国語を学ぶという事は結局のところ日本語を考える事につながるからだ。

 その辺のところは、別のブログで語っていくとして、ほぼ日手帳にいろんな事を書いていきながら、気になる言葉をDSの和英辞典で調べて下に書き込んでいる。英語で日記をつけるというのは英語に慣れ親しむ上ではとても効果的だとは前から思っていたが、はじめに英語で書き始めると語彙に少なさゆえに書く事が限定してしまう。天気の事とか今日は何したという行動の箇条書きで終わってしまう。

 でも、日本語で好きなように書いていくと僕の場合はどんどん書ける。そして、その中に出てきた言葉や表現は自分にとって書きやすいものなので、英語に置き換えても愛着が湧く。へ〜、英語ではこういう表現をするんだとか、類似の単語を見ながらそれがニュアンスに近いだろうかと考える。と同時に、日本語の事も考える。自分で考えた事を外側から見て、また内に戻す感じだ。

 自分の好きな事をやる時間を毎日少しでも作るというのは大事だな〜と思う。そんな習慣ができた事は幸せな事だ。自分の時間が欲しい大人におすすめの手帳、それがほぼ日手帳だと僕は思う。

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