<小説のお時間>〜伊藤くんのまだまだ続くひとりごと


 昼過ぎにやっと出てきたカズが、指先から立ちのぼるタバコの煙をぼうっと見ながら
 「何か面白い話ないんか?」
 と口火を切った。
 おそらくカズにとっては今が朝なのだろう。
 こいつはちゃんとした社会人になれるのだろうか?
 もしくは社会が彼に慣れるのか。
 「やっぱさー、デスノートが最高だよね」
 と関東弁で答えたのが洋子さんである。
 洋子さんは関西人のくせに関東弁を使いたがるのだ。
 何でも昔、関東に住んでいたらしい。
 あのイントネーションを聞くだけで、お尻のあたりがムズムズするのは、関西人の習性だろうか。
 「てゆーか、確かにあれはすごい!福本伸行並やもんな」
 いきなりマンガの話になって飛びついたのが、やはりこの人、田山等、経済学部の二回生である。ゲームとマンガとアニメフィギュアと声優と…をこよなく愛する俗に言うオタクである。秋葉系そのままの風貌は、一時期電車男と言われたこともあるので、これ以上の形容は不要であろう。オタク特有の負けず嫌いでもある。
 口癖は、逆接の接続詞「てゆーか」である。英語で言えば、ハウエバーに近いかもしれない。とりあえず、否定するのが口癖だが、その大半は順接である。きっと現代文の問題は苦手であったに違いない。だから文系でも理系寄りの経済学部なのだろう。
 通称はヒトシ。一度、誕生日にヒトシくん人形でもあげようかと思うのだが、あれって市販されているのだろうか?
 「今の小学生ってあんなん読んで分かるんやろか?」
 ヒトシのふとした発言にカズの目が少し光る。この男は議論が好きなのだ。さすがマスコミを志望しているだけある。
 一方、伊藤くんはどうしてるかというと、PDAを取り出して何やら図を描いている。
 「何してるの?」
 洋子さんが覗き込むと、画面にはデスノート福本伸行という言葉が書かれ、それを丸で囲み、線でつないでいる。
 「マッピングコミュニケーションだよ」
 繰り返して言うが、ここは関西である。そのはずである。しかし、ここには一種異様な異文化コミュニケーションがある。その事をご理解頂きたい。以上、ソクラテスの弁明ならぬ、作者の弁明である。いっそ江戸っ子口調も面白いかもしれない、べらんめぇ(このようなギャグをいくつ気付くか、あるいは無視するかでこの小説の価値は決まる)
 「マッピングコミュニケーション?また誰かの影響?」
 伊藤くんが目新しいもの好きである事はすでにみんな知っているので、特に驚かない。
 「うん。齋藤孝さんのね」
 はー、またかって感じである。
 伊藤くんは待ってましたとばかり、しゃべりだす。洋子さんはまんまとワナにハマってしまったと心の何パーセントかで後悔するがすでに遅い。
 こうなると、最低一時間はとまらないのだ。
 彼のマシンガントークは、周囲の人間を殺傷するには十分だ。
 あわてて、ヒトシが止めに入る。こんな時、洋子さんは彼がスーパーヒトシくんに見える。
 「会話のキーワードを図式化する事でどんどん話が進むってやつやろ?思わぬ言葉と言葉が結びついて発展したりー」さすがアイデアに関心のある人間の集まりである。
 「うん。会話って図にしてみると結構おもしろいよ!」
 伊藤くん、話は遮られたものの同志を見つけた喜びで声が一オクターブ高くなっている。あと二、三回喜ばせればミーシャの音域を越える事も可能だ。マライヤキャリーというのは古いのだろうか。
 「今はデスノートの話やろ?」
 このように司会進行もできる怠け者で議論好きのカズである。
 ところでデスノートをみなさんはご存じだろうか?
 急に話しの矛先が変わるのが、この小説とは名ばかりのニュースタイルノーベルである。もともとノーベルとは目新しいという意味だから、間違ってもいないだろう。
 
 ここで解説しよう。デスノートとは、週刊少年ジャンプで連載中の人間心理を中心としたサスペンスマンガである。論理の応酬が凡百のマンガと一線を画し、毎回手に汗握る展開が人気を呼んでいる。映画化もされる程の看板作品だ。
 「福本さんもすごいけど、デスノートも相当なもんやで〜」
 スーパーヒトシくんはどうしても福本伸行と結びつけたいようである。だから伊藤くんが線でつなぐんだって!
 
 ここで解説しよう(またか)、福本伸行とは限定ジャンケンという奇抜なアイデアで一躍マンガ界に新風を巻き起こした天才マンガ家である。
 代表作は、先ほど述べた限定ジャンケンから始まる『カイジ』の他に麻雀マンガの金字塔『天』『アカギ』、あらゆるギャンブルの面白さを見せてくれる『金と銀』等、どんでん返しにつぐどんでん返しに圧倒される作風である。
 「福本伸行デスノートか。うん。なかなかいいとこつくな」
 カズダンスである。つまり、心が踊っているのだ。それにしてもネタが古い。まんま見ぃや!
 「今の小学生って、ネットとか携帯とか当たり前だもんね。私が子どもの時なんてそんなの無かったもん」急に懐古趣味が入る洋子さんである。
 「てゆーか、ジャンプもよくこんなん見つけてきたな。勇気あるわ」
 「ヒトシ誰やねん!」カズがツッこむ。
全く忙しいことだ。ところでこのカズ君はSMAPで言えば中居くんかも知れないが、ルックスはキムタクに近い。ちなみにヒトシはキモタク(きもいオタク)だ。
 もちろん先程の発言はヒトシが他の誰かというクイズではない。お前はどこからモノ言うてんねん。何様やねんという意味だ。誰目線やねんでもいい。
 どうやら解説が必要なのは作品だけではないようだ。
 伊藤くんはというと、せっせとみんなの会話からキーワードを抜粋し、どんどん図式化にはげんでいる。
 誰が見ても分かりやすいノートというのがあるが、伊藤くんの場合は誰が見ても分からないノートを作るのには定評がある。まさにデスノートである。
 ヒトシの論はさらに加熱するようだ。
 「俺、デスノートって新説デビルマンやと思うねんな〜。」
 「おっ、それ聞きたいな!」
 口を挟んだのは、もちろんカズである。
 「つまりそれって、人間の良心とは何かみたいな哲学にいくわけ?」洋子さんはフォローがうまい。さすが国語の教師になりたいだけある。だんだんキャラの肉付けが出来てきて嬉しい(ひとりごと)。
 「そうそう、悪魔と人間がいたとして、どっちが悪やねんみたいな」
 「アニメの方じゃなくて、原作の話か」
 とつぶやくカズは、まるで難事件に立ち向かうホームズのような神妙な顔をしている。いつの間にか灰皿からもくもくと紫煙が立ち昇っているが、全く気にしていない。
 「この先も目が離せませんな」
 「だから、ヒトシ誰やねん!ご隠居か!」カズ二度目のクリアである。
 越後のちりめん問屋より、芸歴の長いうっかり八兵衛の方がよっぽど影で実権を握っているのではないだろうかと思いながら、伊藤くんは悪魔とか良心とかキーワードをせっせと書き込む。
 うーむ。実に平和だ。学生というのは、このような不毛な会話と怠惰な時間を過ごすからこそ学生である。時間の無駄使いは学生と相性がいい。
 昔なら、とっくに成人して社会に出なければいけないのに、全く社会に貢献せず、学校に通ったフリをしていれば大抵の事は許されるのが学生である。それが今まで学校を通ってきた事の免罪符なのだろうか。
 例えば、今面白い映画が公開されていれば(お金さえあればだが)観に行く事も可能である。どうやら映画と学生の相性もいいようだ。

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