<小説のお時間>〜伊藤くんのひとりごと
7
朝、目を覚ます。
などと書くと、朝目を覚まさない奴がいるのか?とお叱りを受けるかもしれない。しかし、世の中には夜のお仕事で夕方に目が覚める人もいるのだから侮れない(この言葉の響きはなかなか面白い)。
しかし、伊藤くんはごく標準的学生という設定だから(但し、少し変わり者であるが)、朝に目が覚めたのである。
傍らの目覚まし時計に目をやる。
96÷16:100−87
6:13か。
全く面倒臭い目覚ましであるが、もらいものだから仕方が無い。
伊藤くんは枕元に置いてある任天堂DSの画面を開き、電源を入れる。背面からスタイラスペンを取り出し、画面をタッチする。
脳を鍛える大人のDSドリルというタイトルをバックに不気味な多角形の立体顔が現れる。川島教授である。
ここでクイズを一つ。
この川島教授の所属している団体名を答えよ。
5秒経過・・・・・・
ファイナルアンサー?(この言葉もいつかNGワードと共に死語になるのだろうか)
正解は、こちら葛飾区亀有公園前派出所である。
もう一度。
こちら葛飾区亀有公園前派出所、レミオロメンオダギリジョーボビー金払えである。
さっきより長いではないか。
しかも、全く正解ではない。
レモオロメンのネーミングの由来は、レディオヘッドの「レ」と恋人のみおちゃんの「ミオ」と(ここで加藤茶の歌を思い出す世代がこの文章を読んでいる可能性は低いか)路面電車の「ロメン」から採られたという事は知る人ぞ知る(確かに、しかも二回目の表現である)。
そして正解は、東北大学未来科学技術共同研究センターである(パッケージを見て書いているから間違いない)。
その川島教授が監修したソフトがこの『脳を鍛える大人のDSトレーニング』と『もっと脳を鍛える大人のDSトレーニング』である。
そのうち『もっともっと脳を鍛える大人のDSトレーニング』や『もっともっともっと脳を鍛える大人のDSトレーニング』が出るに違いない。まるで買ってはいけないは買ってはいけない戦争のように。
さて、このソフトの中で特に毎日トレーニングするのが<計算100>と<算術記号>である。
前者は(と書いてあると、すぐに前文を見返さないと思い出せないのは僕だけだろうか)、画面に次々に現れる簡単な計算式の答えをペンでどんどん素早く書いていくというものである。
後者は、7□2=9とあるマス目に算術記号をこちらも素早く埋めていくというもので、言わば表裏一体の計算トレーニングである。
川島教授によれば、脳の司令塔である前頭前野を鍛える事により、頭がよくなるという事らしい。効果のほどは、僕の場合この小説を読めば推して知るべしだが、100万本を軽く超える販売数を見れば、悪くはないかもしれない。
ところで、いつもながら伊藤くんはどこに行ったのであろうか?
何やら真剣にDSと格闘している。
端から見れば、何かの電子手帳に必死で書き込んでいるようでもある。このソフトは横型の本体を縦に持ち、画面を左右にして使うので、一風変わった雰囲気である。
横型のワイド画面を縦長に使うという発想は十字ボタンの発明者であり、マリオの宮本氏と共に花札の任天堂を世界のブランドに仕立て上げた功労者、横井軍平氏の設計したバンダイの携帯ゲーム機ワンダースワンでも見られた発想である。
横井軍平氏と言えば、1941年に京都に生まれ(任天堂の本社も意外に京都である)、マジックハンド(正式にはウルトラハンド)、ゲーム&ウォッチ、ファミコン、ゲームボーイという人気ハードを次々に手がけた(バーチャルボーイは残念だったが)とんでもない天才である。
彼の事を書けば、たちまち一冊の本ができるだろう。97年に不慮の事故で他界してしまったが、現在でも彼の発明した十字ボタンがどれほど偉大かはお分かりだろう。
その証拠に十字ボタンのついた携帯やゲーム機は実に少ない。特許があるからだろう。あのプレステでも四方向にボタンがあるものの十字ボタンではない。逆に任天堂の製品には全て付属している。
現在では彼の名前は知る人ぞ知る名作パズルゲームGUMPEYに見る事ができるがゲームを語る上では忘れてはならない偉人である。
天才というのはなかなか身近に感じられないハレー彗星のようなものだが、世の中には確実に頭のいい(定義は人によって違うだろうが)人間が存在するのは長井秀和以上に間違いない。
朝、弁当に入れておくと自然解凍でお昼にはおいしく食べられる冷凍食材。まさに一石二鳥である。高齢者は熱いお茶を好むから、電熱ポッドを通じて生存を確かめる(と書くとちょっと怖いな)というアイデアも素晴らしい。お米のつきにくいしゃもじ、人が通らない時は電気がつかない光センサー、キーワードを入れるだけで自分好みの番組を録り溜めてくれるレコーダー、歓声の強弱でハイライトシーンをサーチしてくれる再生機能等々。誰もが、不便に思う事を洗練したアイデア商品が手助けしてくれる。
一方で、アイデアを生み出すのは難しいが、マネるのはたやすい。セカ中が出れば、似たような死を題材にした作品が続出し、粗製濫造が引き起こされる。その昔のファミコン市場はまさしく足の引っ張り合いであった。任天堂はその脱却を図り、ハード市場の成績はおもわしく無いが、質的変換を目指した結果が任天堂DSで見事に結実した。
誰もが、直感的に分かるインターフェース、思わず触りたくなるような不思議なマシーン。ぱたんと閉じれば、電源がオフされる親切設計。この辺りにMacと同じセンスの良さを感じる。Macのノートパソコンも画面を閉じればスリープ機能が働き、全ての作業が一時中断される。
そして、ここが憎いのだが、作動ランプがまるで生物がすやすやと眠っているように明滅するのだ。また稼働中は背面のアップルマークが点灯するのも心憎い。一見何でもないところに心地よいセンスのきらめきが感じられる。だからMacの愛用者は絶えないのだろう。設計思想がユーザに伝わるものは高くても入手したい。これがマニアのゆえんであり、匠の技なのであろう。アイデアとはかくも貴重な人類の英知なのである。
だから、伊藤くんはどうしたのであろう?
彼は一通りトレーニングを終えると別のソフトをスロットに差し替えた『英語が苦手な大人のDSトレーニングえいご漬け』である。
タイトルからして日本語が苦手になりそうな長さのソフトであるが、このソフトには英語のヒアリング学習で最も効果的と昔から言われ続け、なかなか根気よく続かず断念した(あるいは将来するであろう)Dictation(ディクテーション=いわゆる書き取り)を徹底的に学ぶトレーニングが詰め込まれている。
言わば、ゲーム感覚で楽しく学べるヒアリング強化ソフトである。
パソコンソフトの移植作品であるが、これが実にお手軽で素晴らしい。
例文が流れるそばから、ペンでさらさらと英語を書き綴り、苦手なフレーズはペンタッチするだけで、すぐに何回も聞く事ができる。
まるで英語洗脳ソフトである。
例えば、お坊さん向けに『お経づけ』とか、愛のとりこにしてしまう『許嫁(いいなづけ)』、亭主が午前さまの『お茶づけ』とか、まだまだバリエーションは考えられる。
勢いで書いたものはつまらない。スネ夫に反省しよう。いや素直に反省しよう(全く素直じゃない)。
伊藤くんも今は英語学習に夢中なのである。
こうして伊藤くんの朝は始まる。
まるでスポーツ選手の朝稽古のように伊藤くんの朝メニューは多い。他にも読みかけの本がごまんとある。
以下、無用な事ながら、ごまんという言葉を初めて聞いた時、筆者は5万というイメージからなかなか抜け出せなかった。
5万である。
これはかなりの数であるし、多いという意味では何となく合っている。ちなみに友人などに月に自由になる小遣いはいくら?と聞いて、5万です等と答える人がいれば、かなりぜいたくな方だろう。合っているけれども、間違っているという経験は他にもある。
例えば、アブノーマルという言葉はabnormalだが、私はその英単語を学ぶまでは(しかもはっきりと自覚したのは高3である)危ノーマルだと思っていた。偶然とは怖い。降参である。
いつもながら全く悩み無用で意味不明の文章であった。先を急ぐ(急げよ!)。と書きながら続く。
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