<小説のお時間>伊藤くんのひとりごと

18
マクドと言えばさ。バーガー安いよな」口調は関東弁でもマックとは決して言わないカズである。ミスタードーナッツミスドだ。ロイヤルホストロイホなら。ドンキホーテはドンホ、びっくりドンキーはびくどか?何だかエラリィークイーンに怒られそうである。Yの悲劇だ。いいんだよ、分かる人だけついてくれば。わいの悲劇だす。
「そう言えば、バーガーが安なった時、おもろいおっさんおったで」バリバリの関西弁で話すのは草野ーいやヒトシ人形である。
「失礼しまーす」ノックの音もやまないうちにさっきとは別の店員が入ってくる。右足が沈む前に左足をみたいな表現で申し訳無い。
 そんな作者の述懐をよそにお盆片手にやって来たのは、耳にピアスをした、いかにも店員である。まだ十代だろう。彼は慣れた手つきで飲み物を置くと足早に退室した。
「ああいう時って、目合わさないよね?」洋子さんがカップを片手に言う。
「やっぱ気まずいのかな」これは伊藤くんである。
「特に歌ってる時とかちょっと独特の空気やで」
「まっ、今時の子はアイコンタクト苦手だからね」
「俺たちも若いで」笑いながらつっこむヒトシ。
「さっきの女の子なんかマニュアル120%って感じだったもんね〜」つられて笑う洋子さんである。
「そうかな」カズがまた新たな波紋を投げ掛ける。
小田和正のアルバム?」
「やっぱ男って若い子の肩持つんだ〜」
 伊藤くんのギャグは不発に終わったようだ。
「いや、そうじゃなくってさ。ちゃんとゆず茶飲んでるだろ?」
「あっ、確かに」洋子さんがうなずく。
 続いて理解の連鎖反応が広がる。アルルの声が大仁田のセリフとかぶる。
「うーん。ほんまやな」
「確かに注文通り飲み物が配られてる」
「なっ。つまりあの子はマニュアル娘じゃないわけだ」
 モーニング娘という言葉が浮かんだけど、ウーロン茶と共に飲み下す伊藤くんである。
「時々、いるよね、客にどれでしたっけ?みたいなのを平気で聞く奴。ああいうのでその店の評価が変わるもんよ」洋子さんすっかりカズ陣営である。秘技変わり身の術。
「ところでヒトシ、何が面白かったんだ?」
「ああ、そやそや。あんな、ちょうどバーガーが安なった時、マクド行ったら、俺の前におっさんがおってん。で、おっさんレジの女の子にバーガー10個くれって言ってん」
「バーガーって何バーガー?」
「一番安い普通のバーガーや」
「うわっ、一番迷惑な客ね。マクドなんて他のセットメニューで利益出してるわけだし」
「信じられないな」カズもうなずく。
 もっとも平気でバーガーだけ頼む奴が約二名いるわけだが。
「特にあの時は破格やったからな〜。人件費削るために最新の大型レンジ導入して、バーガーの作り過ぎを減らしたくらいやから」
「やっぱ人件費がネックですか」カズが分かったような口ぶりで語る。
「そう言えば、コンビニゲームでもいかに人件費を削減するかがポイントだもんね」得意の分野になると俄然活気づく伊藤くんである。
「はいはい」ゲームには無反応な洋子さんである。獲物としては魅力が無いのだろう(gameを辞書で引けば分かるはず)。
「でな、そのレジの子が合計金額を言ったら、おっさんあんまり安いからびっくりしたんやろな。ほんまにええんかって何回も言うねん。で、レジのねーちゃんもちょっとドギマギしながら、はい間違いありませんって答えるねん。その光景がおかしくてな」
「その子も説明してあげたらいいのにね。機転が利かないというか」
「おっさん、まじでねーちゃん打ち間違いよったんちゃうかって思ったんやろな。でもまぁ関西人はがめついから、あえてそれ以上聞かんみたいな」
「それがマニュアル娘だな」カズがシュートを決める。ジョン・カビラがやかましい。
「てゆーか、そろそろ歌おうよ」伊藤くんがやっと禁断の果実に触れる。試合開始からすでにかなりの時間が過ぎているのは周知の事実である。ヤワラちゃんなら何人倒している事だろう。
「おっ、そうだな。ところで、この店の秘密そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
「そうね。もうボジョレヌーボも出回る頃ね」
 おかしい。絶対おかしい。きてます。きまくりやがってます。
「伊藤くん、iPOD持ってきてる?」
「うん、あるよ」
「ちょっと貸してくれる?」
「いいけど。何するの?」
「空きはあるよね?」
「うん、15ギガくらい」
 頭のキャパはもっとあるけど。
「じゃ、オッケーね」
 洋子さんが言えば何でもオッケーですけど。
 洋子さんは伊藤くんから受け取ると、カラオケ機材の方へ行く。
「あった、これだわ」
 洋子さんの手に白いケーブルがある。
「Fire Wireか」ガラス越しに接続先を確かめる洋子さん。
「アイトリプルイーか?」カズがつぶやく。
 その言葉には答えず、「伊藤くん、このコネクターってここにはめるのよね?」
 洋子さんが底辺の端子部を伊藤くんに見せる。
「そうだよ。あれ?それってホントに接続ケーブルなんだ?」
「うん、そうよ」
「って、事はつまりー」
「音声データを転送できるって事か」
 最後まで言わせろよ、カズ。
「正解!何と録音できるので〜す」
 うわ、マジですか。しかも僕のiPODにでございますか。
「まっ、こんなの今さら大した事じゃないけど。昔、CD-Rに録音できるってサービスがあってね、初めてプリクラした時くらい、友達とはしゃいだ事があるわ」
「最近はDVDを鑑賞したり、スタジオ代わりや演劇の稽古場、会議室なんて使い方もするらしいよ。防音や音響設備いいしね。そのうちプリクラとかと連動するかもね」伊藤くんここはワンポイント獲得である。
「ダンレボ付きのカラオケボックスやったら見た事あるで」
「うそー。行きたい、行きたい。今度行こっ?」席に戻った洋子さんが騒ぐ。ヒトシがまた上を行ったようだ。しかし、なぜか席はカズの隣である。
「じゃ、まずは嵐ね〜」
 あたしと掛けたのかは不明だが、洋子さんのジャニーズメドレーが幕を開けるようだ。喝采
「変わらないものを笑うのに変わることに臆病なのはなぜかしら?」
「いきなり哲学か?」カズがフィールドに躍り出る。
「嵐の歌よ。『できるだけ』って言うの」
「あっ、そ」カズ、ベンチ入りである。
「a day in Our lifeもいいな〜」
「青春だね」今度は伊藤くんがボールを蹴り出す。
木更津キャッツアイのテーマソングよん」
 パス。
「よう分からんな〜」ヒトシ、スルー。
「あれは確かに名作だな」カズかろうじてパンチング。
「あ〜、もうどうしよう。イチオクノホシもいいし、途中下車も捨てがたいし、ピカンチダブルは当然として、とまどいながらも切ないし、君がいいんだも秘密もいいのよね〜。櫻ップもがんばりたいし。冬のニオイも瞳の中のギャラクシーもおさえたいし。名曲だらけだわ〜」
 迷曲だろ、それ。言葉が分からない。
青春アミーゴなんてどう?」ヒトシがセービング。
「あれは修二と彰でしょ」
「えっ、違うん?」ボールはまた相手チームに移ったようだ。酔いが回りすぎてるのかもしれない。地元じゃ負け知らずの彼にも苦手分野はあるらしい。伊藤くんの頭の中に流れている曲は小田和正のまっ白である。ホントは特捜最前線のようなイントロなんだけど(古いな)。
「NEWSの山PとKAT-TUNの亀梨くんのユニットよ。ちなみに錦戸くんはNEWSと関ジャニ∞の両方にいる事もおさえといて。友達はいまだにオリキしてるんだからね」
 もう何が何だか分からない。ここは日本だったはずだ、確か。
「あ〜、あれ何だっけ?サビは分かるんだけどな〜。あっ、そうだ!アレ使おうっと」
 洋子さんの顔が四次元ポケットを探るドラえもんの顔に変わる。あるいはペコちゃんの舌なめずり顔でもいい。
「らー。ららら〜。ららららら〜」
 いきなり鼻歌を歌い出す洋子さん。
「えっ?」伊藤くん思わず声をあげる。
 洋子さんのオフサイドにレッドカードを出したわけではない。
 画面に次々と曲名がリストアップされていくのだ。
 魔法の言葉?
「あっ、これこれ!きっとこれだわ」
 画面に向かって指を指す。20曲近い曲目の中に一つだけ嵐の曲が表示されている。洋子さん、迷わずイントロを流す。
「やった〜。これよこれ、そうそうハダシの未来だった。そうそう」
 こっちは涙そうそうだ。まっ、いっか。
 しかし、もっと驚いたのは洋子さんの歌声である。
「ええっ!」
 三人とも洋子さんに注目である。
 その声はどう聞いても男性の声だ。
「あっ、そうかボイスチェンジャーか」カズが納得する。
「ああ、そういう事か」伊藤くんもホッと胸をなでおろす。
 洋子さんはと言えば、もうあちゃらの世界へトリップである。
 いっちゃってる人ってこんなんだろうか。ちょい萌え女登場である。青春あねーご全開モード。
 やがて歌が終わる。
 拍手。
 するしかないだろ、やっぱ。
「いや〜、男ボイスにはびっくりしたけど、なかなかうまかったで」ヒトシくんがおだてる。
「ふふ、君たち甘いわよ。今のはただのチェンジャー機能じゃないのよ」
「え?」ヒトシ人形が空気の抜けたタイヤのような声を出す。
「まっ、いいから、あんたサザン歌いなさいよ」
「えっ、サザンはちょっと無理かも」
「いいから、いいから、ほら入れるわよ、ツナミね。知ってるでしょ?」
「まぁ、知ってるけど」
「じゃ、決まり!」
「しゃあないな、がんばるわ」
 イントロスタート。洋子さん何だか嬉しそうである。
 ヒトシが歌い始める。
 再び耳を疑う伊藤くん。いや、驚いたのは伊藤くんだけではない。カズも、そしてヒトシくんまで驚いて目を見合わせる。
「ほら、続けて!」洋子さんだけ一人場外応援である。
「うそやろ」
 ヒトシが思わずマイクで叫ぶ。
 伊藤くんとカズがまた目を合わせる。
 声が桑田佳祐なのだ。佳祐桑田でもいい。ヒロミ郷でない事は確かだ。
「そうよ、さっきのは嵐の声だったのよ」
「うそ?」カズが梅干しを食べたような顔をする。
「ここまできたのよ、カラオケは」
 まるでなにわ節だよ人生はみたいだとは言わない。伊藤くんまだ若いのだ。
「これって、機械で合成してるって事?」伊藤くんが遠慮がちに質問する。心のつっこみと違って表向きは謙虚な学生なのである。
「そうよ、さらにこれよ」
 今や洋子さんはジャパネットタカタみたいに得意満面である。
 するといきなり、四方の壁が観客の映像に切り替わる。続いてモニター画面の前に下からマイクがせり上がる。
「おおっ!」ヒトシが奇声をあげる。
「じゃーん。これで気分はコンサート会場よ!後ね、本人出演の映像とデュエットなんてのもあるのよ」
 今回はさらに二枚おつけしますみたいな、じゃあ半額にしてよみたいな感じである。このタンス、実はここに隠し扉がありますって、バラしたら意味ないやんみたいな初号機暴走、シンクロ率400%状態である。いかん、文章まで暴走気味だ。いや〜んな感じである。
 
 ん?このテーマソングはもしやー
 暗転。
 スポットライトが猫背のあの男を照らし出す。
「え〜、みなさん毎度おなじみ新畑任二郎でございます。今回はわりと小説仕立てでしたね。みなさんのお口に合ったかは疑問ですが、作者は深夜にも関わらずよく頑張りました。もう3時半ですよ。アホです。でも、今回のポイントはそこじゃないんですよ。カズが頼んだ飲み物は何か?ヒントは隠された記述。ちょっと17から読み返して下さい。新畑任二郎でした。ではおやすみなさい」

 ほんとにおやすみなさい。

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そうかな

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