<小説のお時間>伊藤くんのひとりごと

22
 2×3:30−12

  6:18か。

 相変わらず面倒な目覚まし時計である。もらい物でなかったら、とっくに小さな古時計になってクローゼットの片隅で永眠しているだろう。

 伊藤くんの今朝の頭のトレーニングは任天堂DSの『えいご漬け』である。
 さらさらと俳人のごとく聞き取った英語を書き綴ると瞬時にリスニング能力が試される優れモノである。これは昔からDictationと呼ばれて、英語学習では聞き取りに効果があるとされている学習方法の一つである。
 However(BGMはもちろんGLAY)、自分の手でCDをかけ、ノートに書き取り、再びCDを聞きながら、正解を見るという行為は、自分で投げたボールを先回りして受け取るような虚しさがある(それはそれで凄いではないか)。たとえ直そう。壁に向かってひたすら打ち込む卓球部員のようではないか(直す必要があったのか)。打つべし、打つべし!である(うわっ)。
 But、このソフトならそれがいとも簡単にできてしまう。元はパソコンソフトの移植だが、何よりペンで書くという行為がどれほどこのソフトに向いているか、PerhapsこれほどDSに向いている教材も他にないのではないかとさえ思ってしまう。
 どうにも横文字が多くて読みづらかったと思う。申し訳ない。これも『えいご漬け』の効果だろうか(きっと違う)。
 このソフトをPLAY(しつこい)すれば、カタカナ英語の弊害を実感させてくれる。冠詞の有無、複数形と単数形、連結音の欠如、簡単な単語さえ聞き取れないと少し凹む。

 場面は変わって、家を出る伊藤くんである。たった一行の改行で時間はあっという間に進む。これも行間を読ませない高尚なテクニックだ。
 伊藤くんは通り道をいつも変える。道というのは進む方向によっていろんな顔を見せてくれるからだ。道を変えると同じ建物がよそ行き顔に表情を変える。心なしか気分も違う。
 伊藤くんは歩きながらカラーバスを試みる。これは『考具(こうぐ)』という本で知った言葉だが、色(カラー)を水を浴びる(バス)ように目からキャッチして刺激を受ける思考訓練だ。具体的に言えば、今日の色を決める。例えば、青と決めたらその色だけに注目しながら道を歩いてみるのだ。そうすると、意外な物が目に飛び込んでくる。青い帽子、青い看板、青い文字。青がどういう物に使われ、どういう視覚効果をもたらすのか。普段、漠然と目に入る視覚情報も対象を絞る事によっていい刺激材料になる。
 別に対象は色に限らない、匂いや形、手触り、検索サーチは何でもいいのだ。道を変えるのもその一つ。しかし、その中で心のドリームキャッチャーにひっかかるのはごくごく一部だ。
 材料は多ければ多いほどいい。選択肢が多ければ消去も楽だ。一つの考えに拘泥する事は自分の視野を狭めてしまう。
 思考は言葉に束縛される。言葉が無ければ考える事はできない。言葉にならない気持ちというのがあるが、それは感じているだけだ。
 思考とは考える蓄積である。
 知らない言葉が考えられないという例を挙げれば、「美しい」という言葉を聞けば、日本人はそれぞれ自分の中で美しいものを想像する。きっとbeautifulという言葉を聞いても同じだろう。
ところが、hermoso(−sa)と聞けば途端に一変する。これが美しいという言葉ではないかと推測する人はなかなか鋭い。これはスペイン語なのだ。しかし、突然何の脈絡も無く、この言葉を聞いて分かる人はスペイン語を知っている人以外にはいない。だから、美しいものを想像できないのだ。もちろん、同じ意味を指す単語ばかりでないのは以前に語った。また置き換えられない言葉も存在する。日本の寿司が英語でも同じ発音なのは有名だ。その文化に無い概念や存在にそれを指し示す言葉が生まれるはずも無い。
 先ほどスペイン語に( )表記をつけたのは男性名詞と女性名詞の区別があるからだ。日本語にはそのような概念が無い。
 それはまるで漢字にふりがなを打つようなものだ。その昔『バカの壁』で有名な養老孟司さんがホラーマンガ家の大家・楳図かずおさんとの対談で、日本でマンガ文化が根付いたのはそのせいではないかと言ったことを今思い出した(主語は誰?)。日本人が大人になっても吹き出しと絵を同時に読む事に抵抗が無いのは、この独特の表記法にあるのかもしれない。言葉を知れば知るほど思考は広がる。
 伊藤くんの思考トレーニングの話であった。
 歩くというのは思考と相性がいいらしい。ルソーもゲーテも思索のために散歩を好んだらしい。机の上で考えていると(厳密には上ではないが)、思考は一方向からしか働かない。パソコンの画面を穴の開くほど見つめていても、このブログと同じで大した考えは浮かばない。もし穴が開けばそれは大スクープだが、仕事に穴をあけるのが限界だ。
 歩いていると適度な運動が脳に刺激を与えるようだ。目に飛び込む景色も少しずつ変わる。この世に不変の物は無い。無常観。吉田兼好か。歩けば健康になるから間違いではないだろう(何のこっちゃ)。
 歩けば、思考も歩くというのはいい杉だろうか。奈良の山奥にはそのような樹木がまだまだ存在するらしい。伊藤くんはそんな事を考えながら奈良の町並みを歩くのだった(駅に向かってるだけだろ)。

大きな古時計

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考具 ―考えるための道具、持っていますか?

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バカの壁 (新潮新書)

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