<小説のお時間>〜伊藤くんのひとりごと

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 「僕は絶対、握手しないな」
 
 一体、何の話なのだ。
 そして誰がしゃべっているのだ。
 場所はどこなのだ。
 映像の世界と小説の世界の違いをまざまざと感じさせる実験である。
 握手をしないなんて、よほどその人物と仲が悪いのだろうか?
 あるいはサイン会を強要されたタレントが握手だけはしないと拒絶しているのかもしれない。
 しかし、予測されるような事を書いてもつまらない。このブログは抱腹絶倒、前代未聞、七転八倒、断崖絶壁、絶体絶命、詳細キボンヌ、支離滅裂な文章を綴る事でかろうじて細い綱を渡っているのだ。綱の端から火の手が見える。「網」ではない、「綱」だ。完璧の「璧」が「壁」ではないように、絶体絶命の「体」も「対」では絶対ないのだ。何の話をしているのだろう?
 おそらく、あなたの興味はこんな戯言が一体いつまで続くのかという好奇心にあるのではないだろうか?いっそ戯言シリーズでも作ってみようか(西尾維新ファンに怒られるぞ)。

 ところで気が付けば7万5千文字である。
 
 よくもこれだけ一人言を続けたものである。伊藤くんの、じゃないだろう!と何人の人がつっこんでくれただろうか。しかし、世の中には物好きもいるようで、カウンターは日に日に上がっている。そのうちの半分が私の自作自演だと言ったら信じてもらえるだろうか?嘘である。本当は感謝している。このカウンター数が伸びる限り、私は書かねばならないだろう。いつまで続くかは分からないが、カツオブシくらいに身を削ってうんうんとうなりながら、眠い目をこすりつつ、物語とは名ばかりの文章を綴っていこう。
 さて、シンキングタイムは終わった。どうやら元気玉ができたようだ。話を進めよう。

「僕は絶対、握手しないな」と語ったのは伊藤くんである。
 場所はいつものごとく学食兼部室である。そしていつものごとく、いつものメンバーがそこにいる。ご存じない方のためにここでおさらいすると、彼らはアイデア発想クラブというサークルに属し(と言っていつもマンガの話しかしてないが)、暇があるとだべっている典型的なキャンパスライフを満喫している。絵描きの人の生活はカンバスライフだろうか。はいはい(戯言感を高める演出である)。
 キムタク似の彼が所山一樹、通称カズ。社会学部の二回生。
 モデルのような美人の彼女が山口洋子さん。文学部二回生。
 秋葉系の小太りじいさんが田山等、通称ヒトシ人形。経済学部二回生。そして、この小説の主人公、伊藤くん。法学部二回生である。
 確か、そうだったはずだ。
 ところで、すでにお気づきの事とは思うが、伊藤くんのフルネームを一度も記述した事が無い。伊藤くんはこれまで名字でしか呼ばれていないのだ。これは作者の貧弱な記憶力を試すまでもなく、そもそも考えていないのだから間違いない。
 実は、彼の名前にはとんでもない秘密があるのではないかとか、伏線としてあえて伏せているのではないかと思ってくれた人がいたとすれば、それは深読みである。伊藤太郎なんてのはベタだし、伊藤英明じゃパクリだし、伊藤真ではあまりに失礼だ(分かる人だけでいい)。
 そこでここは開き直る事にした。何で下の名前が必要なんだ!(逆ギレかよ)。いいではないか。名前で呼ばれない人はたくさんいる。逆に名前でしか呼ばれない人もたくさんいるのだ。木更津キャッツアイのアニの例もある。全国の伊藤さんの感情を逆撫でしないように配慮すればいい。いつか時がくれば彼にも名前がつくだろう。

 さて(笑)
「それって、教授でも?」洋子さんが万華鏡を覗き込む子どものような顔をして聞く。
「うん」伊藤くんが当然という顔で答える。kaleidoscopeか。
「俺もそうかな」カズも追従する。
「俺もそやな」ヒトシも縦に首を振る。但し、首が短いので実際にはアゴが上下しただけである。
「何で、何で?何で男子は満場一致なわけ?」
 男子、女子。懐かしい響きだと伊藤くんは思う。unanimously、これは副詞か。
「手を洗わないからだろ?」カズが伊藤くんの方へ目を向ける。
「うん」伊藤くん、エキストラ並みにセリフが少ない。
「まぁ、女子にはわからんやろな〜」ヒトシ、バカの一つ覚えである。普段はクリスタルヒトシのくせにトークが飛び交うと無い首をつっこみたくなるオタクである。
「何それ、あー、女性差別だわ、それ」
「違う、違うよ。これは男でないと分からないんだ」伊藤くんようやくセリフが増える。「だって、大半のおじさんはトイレで手を洗わないんだよ」
「うそー、マジで?」洋子さん驚愕の表情である。
「独自の調査によるとそうなるな」ヒトシの言葉にどんな調査だよと心の中でつっこむ伊藤くんである。
「ほんとなの?」洋子さん、カズに同意を求める 。
 カズはわずかに唇の端を上げ、「ああ、確かにそうだな。逆に言えば、手を洗うか洗わないかでおっさんかそうでないかが分かる踏み絵みたいなものだ」
「ええ、えーっ、どうしよう。うそっ、最悪」洋子さん、急に慌て始める。
「もしかして、さっき誰かと握手したのか?」カズの目に小悪魔が宿る。デビルマンに変身する予兆だろうか。
「うん、酒井助教授」
「うわっ、NGや」ヒトシがスーパーヒトシ人形に変わる。いや、ゴールドか。
「ちょっと、ちょっと、何よそれ、それってつまりー」
「あの人は手洗わない派だよ」
 何の派閥だよ。
「えー、きゃあ、不潔。ちょっとタンマ。手洗ってくる」
 タンマ?洋子さんよほど慌てているようだ。マンガだったら足が回転している勢いで、飛び出していく。
 残された男性チームは苦笑している。
「でも、ほんまやもんな〜」
「まあな」
「僕もそう思う。あれって、何で洗わないんだろうね」
「さあ、でもハンカチを持ってないおっさんはまず洗わないと思って間違いないわな」
 洋子さんが戻ってきた。
「もう、手が真っ赤よ。最低、私もう誰とも握手しない!」
 嵐以外は、という条件があるんだろうなと伊藤くんは思う。洋子さんはジャニーズファンなのだ。
「世の中のおじさん全部がバイキンマンに見えてきたわ」
 なかなかかわいいなと伊藤くんはつっこむ。
「ジムでも風呂あがりに裸のまま洗面台に座る奴は多いしな」カズがコーヒーを飲みながら話す。ブラックというところがカズらしい。
 確かにカズならスポーツジムに行ってても不思議ではない。やっぱり金持ちなのだろう。
「ジム?」ヒトシが反応する。しかし、言葉の意味を反芻したのか黙る。多分、このヲタは何かと勘違いしたのだろう。
「うそ、ダブルサプライズじゃない!」
 このようにして、日本語が日々進化、もしくは退化していく。これを退化の改心と言って、人々は自分の辞書を書き換えるのだ。
「もう不潔不潔!最悪じゃない」ぷんぷん。洋子さん、佐藤珠緒のような顔である。
「まさか、あんた達もそうじゃないでしょうね?」もしもメガネをかけていたら、教育ママのように片手で少し上に傾けていただろう。キラッ。
「そんなわけないやん」ヒトシがぶるぶると顔を横に振る。まるでブルドッグみたいだ。
 残りの二人ももちろん否定する。
「もう考えるのも嫌だわ。他の話題にしましょう。伊藤くん何か無いの?」リモコンは洋子さんの手にあるのだ。
「うーん。ちょっと待って」伊藤くんごそごそと鞄の中に手を入れる。「靴」ではない、カバンだ。
 手が止まる。何かを見つけたようだ。
 鞄から出された手にはPDAがある。
 伊藤くんは素早くそれを起動させると何かのファイルをサーチする。どうやらネタ帳らしい。君は何者だ?
「あった。これこれ」
「面白くなかったらカットするで」
 ヒトシがつっこむ。まるでさんま御殿である。あの指し棒をたかじんが持てば数秒で吹っ飛ぶだろう(関西人だけ分かればよい)。
「人はなぜ避けようとする方に避けるのか?」
「えっ?」洋子さんの表情は山の天気より変化が激しい。
 どうやらそのネタ帳には箇条書きでしか書かれていないようだ。
 慌てて原石を磨き出す伊藤くんである。
「つまり、向こうから見知らぬ人が歩いて来て、こちらが右に避けようとすると、相手も右に、左に避けようとするとやっぱり左に、止まると向こうも止まるって、そういう経験あるよね?」
「うん、あるけど」洋子さんが同調する。
「それはなぜなんだろうって事」
「確かに不思議ね」
「でしょ」伊藤くん少し自信を取り戻す。
「思考パターンが少ないからだろうな」カズがぼそっと言う。
「右か左か停止か。上とか下って事はまあ無いわな」ヒトシもうなずく。
「そういう時、伊藤くんならどうするの?」
「まず相手の目をじっと見て」
「じっと見て?」洋子さんが言葉を繰り返す。
「少しずつ後ずさりする」
「熊か!おい!何で戻るねん!」ヒトシが素早くつっこむ。「態」ではない。
「私はかなり手前の方から端に寄るかな。場合によってはすみませんと言って避けるとか」
「見えないし、聞こえなかったら?」
「どこの世界だよ!お前もう歩くな!」ヒトシの激しい口撃が続く。
「でもさ、数学の世界や物理の問題じゃ、そういう条件をつけるよな。但し、空気の抵抗は考えないものとするみたいな。特定の条件を作り出す事で思考を進めるわけだ」カズが言うと妙な説得力があるから不思議だ。
「では視覚も聴覚も使えないとした場合はどうするの?」洋子さんが話に乗る。だてにアイデア発想クラブに属しているわけではないのだ。
「てゆーか、場所はどこなんだよ?」ヒトシの口癖が出る。
「そうね、狭い通路かしら?」
「広いとこじゃ、確かに意味が無い」カズが空想を共有する。
「では細い廊下っと」伊藤くんすでにPDAに書き込んでいる。みのもんたが横で電話相談に乗っているようだ。女性アシスタントの書き込む相関図はいつでも的確だ。そのうち歴代天皇の相関図だって書けるかもしれない。
「その人はもちろん知り合いちゃうよな?」ヒトシが誰にともなく質問する。チャウチャウちゃうんちゃう?は大阪弁であれはチャウチャウじゃないよね?という意味だ。そして先ほどの「ちゃう」は「違う」という意味だ。全く関西弁はこのブログと同じくらい分かりにくい。
 ではみなさんも考えてみて下さい。続きはまた明日。


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