<小説のお時間>〜今週の伊藤くんのひとりごと

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今、筆者は生駒山の連なる尾根を見ながらこの小説?を書いている。司馬遼太郎がかつてこの山を遠望しながら、数々の名作を生み出し、今なお日本中の人々に感動と人生の英知を授けているのに比べ、僕はちょうどその反対側からこの山を見て、暗がり峠には大助・花子が住んでいるんだな。車だったら10分もないな等と考え、駄文を書き連ねるのが関の山である。その戯言も気がつけば10万字を軽く超えてしまった。
 ここまで来たら、いくらしぼっても汁が出ないレモンのようにとことん書き続けようと思う。そのうち誰も相手をしてくれなくなっても、いつか誰かがかつてここまでどうでもいい事を考えた人間がいたのだと何かの研究材料くらいにはなるのかもしれないと信じて。
 ところで、天才とはどういう人を指すのだろうか。
 頭の回転が速い、判断力がある、注意力がある、集中力がある、計算が速い、観察眼がある、記憶力がいい、機転が利く、博学である、ユニークな発想を持っている、文章力がある、論理的である、造詣が深い、話がうまい、決断力がある、勘がいい、独創的である。
 重複しているではないか。
 しょせん僕の頭の中には消しゴムで消さなければいけない無駄な知識と言葉が詰まっているのだろう。
 我らがヒーロー?伊藤くんは文系か理系かと言われれば、文系である。但し、理系に全く興味が無いわけではない。小学生に算数だって教えているし、そういう話題が嫌いなわけではないのだ。
 ただ、法学部という学部を選択した事からも分かるように、文系コースを進んできたので、理系というものから縁遠いところに位置しているだけだ。世の中の技術を生み出すのは理系の仕事である。
 例えば、伊藤くんの好きなデジタルグッズの数々、携帯やパソコンやゲーム機というのはどう考えても理系である。
 テレビやラジオ、車だってそうだ。しかし、どういうわけか周りで理系人間と言われる人を見かける事はあまり無い。たまに数字に強い人間を見るとちょっと珍しい動物でも見るような感じになってしまう。小学校の時は誰もが当たり前のように算数の問題を解いていたのに、大人になって分数の計算なんかをしているとちょっと変わった人に見えてしまうのは文系だからだろうか。
 もっとも、いくら理系と言われる人間でも大人になって分数の計算をしている人は教員以外ではそういないのではないかと思う。
 論点がずれている。道を戻ろう。
 理系の人間と言えば、なぜかメガネをかけ、白衣に身を包んでいるようなイメージがある。その白衣から薬品の匂いがするようだと想像した時点で文系的な表現だと思ってしまう。
 理系的な表現とはもっと質量や物理現象に重きを置いているような気がするのだ。
 直木賞作家の東野圭吾さんは『さいえんす?』(角川文庫)というエッセイ本の中で、自身の理系ゆえの悩みについて語っている。その内容をかいつまんで言えば、理系に属する人間は科学的整合性にとらわれるあまり、自由な発想ができにくいそうだ。
 しかし、筆者のようにあまりに野放図で飛躍した文章を書きすぎるというのも困りものだろう。
 そして、今日もこのいつ終わるとも分からない物語は続行される。このままずっと座り続けて文章を綴っていけば、ヘルニア国物語くらいは書けるかもしれない。

「この前さ、面白いステッカーを見たよ」伊藤くんの手にはPDAの代わりにおにぎりせんべいがある。マスヤのお菓子はこれだけなのだろうか。ともかくロングセラーである。
「何のステッカー?」洋子さんの手にはキャラメルコーンの赤い袋がある。ピーナッツから先に食べるのが癖のようだ。
「車体に貼ってあるステッカーだよ。ほら、この車には赤ちゃんが乗っていますとか、初心者マークとかさ」伊藤くん、奈良に住むばりばりの関西人なのになぜか言葉は関東弁である。両親は関東の人間ではないかというのが有力説だ。
「ああ、あるわね」洋子さんも関東弁である。
「どんなん見たん?」どこから見ても秋葉系なのにこてこての関西弁を操るのはヒトシである。
「お前、車乗るのか?」最後にやはり関東弁を話すのはカズである。但し、つっこむ時は関西弁である。やはりつっこみは関西弁の方が楽なのだろう。
「ただ止まっている車を見ただけ」
「なるほど」カズはグミを口に放り込む。
「C←これが見えたら近づきすぎですってシールが貼ってあったよ」
「おっ、何かアイデアもんやなあ」
「視力検査みたい」
「…」
 無言かいっ!
 伊藤くんも心のつっこみは関西弁である。
「あとね。ステッカーじゃないけど、葬儀の車の窓に置いてあったことわり書きもへぇ〜ボタンを二回くらい押したよ」
「それ微妙やなぁ」
「どんなの?」
「えーとね。葬儀の為にしばらく停車しております。ご迷惑をおかけしますが、何とぞご理解の程宜しくお願い致しますって感じ」
「違反切符きったら、呪われそうね」洋子さんがブルっている。
「うん、確かに怖いな」言葉とは裏腹にヒトシの口にはどんどんお菓子が放り込まれ、解体されていく。燃えないゴミでも食べてくれれば社会に貢献できるのに。
「初心者ステッカーはいつまでつけるもんなんやろうな〜」そのヒトシが発酵させた匂いを放ちながら疑問を述べる。
「1年くらいじゃない?」
「でも、何年たっても運転うまくならない奴っておるよな〜」
「じゃ、うまくなるまで?」
「その方が周りのためだ」カズが軽く髪を触りながら会話をつなげる。
「赤ちゃんが乗っていますってのは?」ヒトシがカズに聞く。
「猛犬注意と同じくくらい効果があるからなぁ。ある意味、初心者マークをずっと貼ってるより効果があるかもな」
「家の近所の道路に巨大なトラックが止まってて、いつもびっくりするよ」と伊藤くん。
「いきなり何の話やねん。てゆーかどんな道路やねん!」
「あっ、もちろん車道だけどね。歩道に半分乗り上げた形で止まっているんだ」伊藤くん全く動じる気配が無い。
「真相は?」洋子さんが話を合わせる。
「さあ?」
「うーん何やろな。トラックの運ちゃんで、朝早いから止めてんのかな〜」
「運ちゃんって何か笑える」洋子さんが珍しくヒトシの言葉にうけている。
「アグネスチャンちゃんは?」
「何それ」
 不審火は鎮火も早い。
「他にもね、ここは30階ですと張り紙のしてあるビルを見た事があるよ」
「ここは海抜何メートルですって看板なら分かるけど、意味不明よね〜」
「近くでビルでも建ててたのかもな。高さの目安みたいなさ」
 カズでも分からない事があるのだと伊藤くんはホッとする。しかし、伊藤くんも答えが分からないのでそれが正解かもしれないという気もしてくる。単なるきまぐれという必殺技も人類には残されているのだ。それはウルトラマンと違っていつでも使用可能だ。
 何の見返りも無いのに、こんな地球を身を挺して守ってくれる彼が一番の謎だけど。