<小説のお時間>〜今週の伊藤くんのひとりごと

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 UFOの略をご存じだろうか?

 正確には、Unidentified Flying Object。つまり、未確認飛行物体である。

ではP.T.Aの略はご存じか?

 Parent-Teacher Association。つまり、親と先生の組合である。確かに両者のとっくみあいは日常茶飯事なので間違いではない。

 ではムックはご存じでござるか?

 別冊宝島などで、怪しい特集が組まれたりする、あの固い本である。

 あれはMagazineとBookの造語でござろう。

 Bookと言えば、誰もが本を思い浮かべるが、bookには動詞で予約するという意味もある。元々は「宿帳に記入する」という意味から派生したらしい。Will you book seats on a ship for me?と言えば、「船の座席を予約してくれませんか」という意味になる。
 何度も訪れるサイトをブックマークしている人は多いと思うけど、あれはbookmark(しおり)という意味だ。マークは目印だから、それを予約や記録するという意味の転用ではないだろうか。このサイトも是非ブックマークして欲しいものである。

 ところで本と言って思い出すのがブックオフだ。瞬く間に古本業界を席巻したリサイクルショップである。一時期、ブックオフと言えば、Yahooの呼び込みと同じくらいアメーバーのごとく繁殖を繰り返していた。
 そして今や全国津々浦々、至る所にブックオフは存在する。もしかすると、沖縄の無人島にも存在するのではないかとさえ思ってしまう程だ。

 残念ながら、伊藤くんのプロバイダーはYahooではないが、ああもしつこく呼び込みをされると絶対に入ってやるもんか等と天の邪鬼を抱いてしまうから人間は複雑である。しかし、ネットの最初に開くのはYahooだったりするのだから、やっぱり複雑である。
 もしも、山奥でYahooの勧誘をしている人がいたら、伊藤くんはその営業努力に敬意を表して入会しようとさえ思っている。
 その伊藤くんがYahooと聞いて思い出すのは、去年の夏の出来事である。
 ある日、バイト仲間で川へ遊びに行こうという計画が持ち上がった。夏真っ盛りの短期バイト先での話である。この話を聞いた親切な先輩がそれならヤホーで検索してやろうと言い出した。この先輩、人はいいのだが少し慌て者なのである。彼は読み方を知らずにYahooをその時までそのように読んでいたのだ。
 誠に人間の思い込みというのは恐ろしいものである。カタカナに弱い人間がチェチュ茶をチャチュ茶と発音して何の事か分からなかったり、信号の青を緑と呼んで不毛な論争を始めたり、いくら言っても「シ」を「ツ」と書いてしまう人がいたりと罪深き業の深さを感じるのが人間である。
 話を戻そう。
 とにかくそのヤホー先輩が親切心から、Yahooで検索してくれる事になった。カチャカチャという軽快なキーの音がして、しばらく画面を見つめるヤホー先輩。阿呆先輩ではない。
 メガネに画面が写り込む程、距離が近い。しばらく、見つめた後で先輩がこう言った。
「該当なし」
「えっ?」
 一同に驚きの表情が伝播する。
「うそー」
 女の子が声を上げる。
 夏の川と言えば、海の次に浮かぶくらい主役クラスの遊泳地である。そこで、一体どう検索したのだろうと画面を覗いた男子が、次の瞬間笑い転げる。
「なになに?どうしたの?」先ほどのチャーミングな彼女がその後ろから覗き、また大声で笑う。
 先輩は何で彼らが爆笑しているのか分からないので、きょとんとした表情で眺めている。
 そこに書いてあったキーワードは何か?
 クイズにしてもいいが、おそらく誰も答えられないであろう。それほどに独創的な検索ワードであった。
 そこには「泳げる川」とあったのだ。
 修飾語句がスペース間隔を必要とするand検索も無しに並んでいるのである。
 ヤホー先輩は、これまでもそう言った曖昧な検索で何度も該当なしの文言にため息をついていたのだろう。何と健気なお働きであろうか。
 さすがヤホー先輩である。繰り返して言うが阿呆先輩ではない。
 彼の手にかかれば、「三丁目の角のかわいい顔をした女の子(実はバツイチ疑惑あり)のたばこ屋」などと検索する事もありうる(ありうるか?)。
 昔、ファジィというものがマイナスイオンナタデココくらいに流行ったが、デジタルの機械には到底マネのできないユニークな発想と使い方を生み出すのが、理系知識に縛られない超文系人間の複雑怪奇な予測不能行為である。

 この話にはまだ続きがある。伊藤くん率いるあるある探検隊は、ヤホー先輩のおかげで吉野の川へ無事遊びに行く事になった。車内の話題はこの先輩の話でもちきりである。何せこのヤホー先輩にはオリエンタルラジオ以上に武勇伝が語り草となっていて、現在も記録更新中という話である。
 仕事先に電話をかけるつもりが、慌ててしまいとっさに兄の携帯に電話をかけ、「頑張れよ」と励まされた先輩である。先輩の話はここまでだが、伊藤くんは旅先でちょっとした経験をした。
 
 その川へ遊びに行く途中、一行はお腹が空いたので弁当屋を探す事になった。しかし、田舎なので容易に見つからない。
 都会では、数メートルごとに自販機が並んでいるのに、ここにはコンビニさえ林立していない。あるのは文字通りの林や森ばかりだ。
 そうして、やっとの事で弁当屋を見つける。
 看板がすすけていて危惧したものの、一縷の望みをかけて引き戸を開けると店内は営業中のいい匂いが立ちこめている。
 しかし、レジと覚しき所に人影は無い。
 仕方が無いので、奥の厨房らしき所へ声をかける。
 やがてエプロン姿のおばさんが出てくる。
「俺、何にしようかな〜」
「あっ、私これがいいな。ダイエット中だし」
「僕は肉がいい」
「すみませんね〜。それはもう売り切れです」
「えっ、そうなんですか?じゃあこの豚肉弁当で」
「ああ、それもさっき売れたわ。残念ね〜」
「じゃ、これは?」
「それも・・・」
「おばちゃん、これはある?」
「それはありますけど、お昼時なので時間がかかりますよ」
「そう。じゃ、やっぱこのサラダのやつで」
「あっ、それなら大丈夫ですよ」
 こんな感じで注文はおばちゃんの巧みの話術?で誘導されてしまった。
 かなりの時間を待たされて、ようやく弁当が出来上がる。
 その間につなぎの作業着を着たおじさんが20個ほど頼めないかと訪れたが、おばちゃんは少し気色ばんだ後、断った。
 狭い店内はどう考えてもおばちゃん一人しかいる気配が無い。
 ひょっとして時間がかかるとか選べるメニューが少ないのはそのせいではないかと伊藤くんは思ったけど、黙っておく事にした。
 車の中で食べる弁当には手作りの匂いがする。ご飯が涙で塩味になったというのは嘘だけど、作った人の顔が見える弁当は都会には無い味がした。どんなに設備が整ったプールよりも川にはいろんな表情があって楽しい。泳げる川では見つからなかったけど、検索では見つからないものがそこにはあった。