<小説のお時間>〜今週の伊藤くんのひとりごと

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 伊藤くんの近所で最近大きなスーパーが立て続けに(建て続けにか)二軒もできた。これは風光明媚な田舎にとっては一大事である。なぜこんな辺鄙な場所にそんな物が二つもできたのだろう。駅前にはコンビニさえ無い田舎である。
 まるで砂漠に突然浮上したラスベガスのように真っ暗な田畑を煌々と明かりが照らす。原因は高速道路をつなぐ脇道が舗装され、交通量が増した事にあるらしい。
 この二大スーパーが日曜日ともなると互いに宣伝カーで呼び込みを始める。さて、この闘いの終止符を打つのはどちらだろうかというのが最近の伊藤くんの関心事の一つである。
 
 そのスーパーの駐車口に看板が立っている。
 そこに書いてある文句はこうである。
 
 本日は混雑が予想されますので、こちらの通路は出口専用とさせて頂きます。
 
 伊藤くんはこの看板を見て全く別の事が気になる。
 
 この看板は普段どうやって文句を替えるのだろう?
 
 というのも、この看板は実に大きくて立派な物で、おまけに根元はどっしりとしたコンクリートの塊で覆われているのである。
 つまり、簡単に付け替える事はできそうにない。
 森 博嗣の『笑わない数学者』の消失する巨大な銅像とまでは行かないが、いくら風に飛ばされない為とは言え、この入れ替え作業は非効率ではないだろうか。
 ちらっと通り過ぎる程度なので、その時はこの謎が解けなかった。
 平日に通ると、その看板は入り口表示に変わっていたから、やはり入れ替えている事は間違いなかった。
 伊藤くん、今度はわざとゆっくりと歩いて横目で看板を見た。なぜ横目なのかと言えば、そこにはいつも仏頂面をした警備員が立っているからだ。
 
 すると謎が解けた。
 
 その看板にはわずかにつなぎ目の跡のような物が見えたのである。
 
 暗転と共にあのテーマソングが久々に鳴り響く。奴がやって来たのだ。そう、新畑任二郎の登場である。

「え〜、みなさん本当にお久しぶりでございますぅ。ご無沙汰しております、新畑です。先日、何者かに襲われましてやっと退院したばかりだというのにまたまた難事件に遭遇したようです。つなぎ目と言っても看板ごとすげ替えるような代物ではございません。今日はちょっと早めの登場ですからCMはありません。従ってヒントもありません。いじわる?んふふ、答えはこのすぐ後に出てきます。ちょっと考えてから読んで下さい。新畑任二郎でした」

 登場する意味があったのか?

 単なる字数稼ぎではないか?

 いよいよネタが尽きたのではないか?

 きっとこれをお読みのあなたの頭の中には様々な疑惑がよぎっている事だろう。

 ところで疑惑と言えば、邦画屈指の名作法廷劇『疑惑』を紹介しなければ今夜は眠れない。このような作者の不躾とも言える展開を読むみなさんは、本当にこれは小説なのか。単なるブログではないか。伊藤くんとお前は同一人物ではないか等、マジ疑惑が沸いてくるのは当然である。

 しかし、その問いに答えはあっても価値は無い。それは瑣末的な事象だ。この小説にはそのようなミスディレクションブービートラップが作者の意図しない所で縦横無尽に張り巡らされている(ほんまか)。

 さて『疑惑』の話である。この映画は松本清張の原作を基にした法廷バトルである。疑惑の渦中にいる悪女を演じるのは名女優・桃井かおり、彼女の弁護を務めるのは容姿端麗、才色兼備のこれまた名女優・岩下志麻である。その他にも加賀丈や柄本明等々の名優が脇を固め、非常にクオリティの高い仕上がりになっている。
 特に二大女優の対決は鬼気迫るものがあり、見ている者の目を釘付けにする事受けあいである。
 
 女優魂極まれり!
 これを見ずして日本人を語るなかれ。
 あれかし。
 
 勢いである。
 
 言ってみたかった。
 
 みなさんも声に出して言って欲しい。
 
 あれかし!
 
 そんな素直なあなたが僕は好きだ。愛してます。
 だから、とにかく見て欲しい。

 看板の謎?
 確かそんな事を書いていたような気がする。
 そんなに引っ張るほどのネタでもない。
 もしかしたら書かない方がいいかもしれない。
 
 つまらないとか言われないだろうか?
 
 段々、自信が無くなって来た。
 
 このブログは深夜に書いている事が多い。ふと時計を見るとすでに0時を超えている。次の日にこのブログを見ると何だこれは!とか何しとんじゃ君は!とか自責の念に捕らわれる事が時々、いや頻繁にある。

 頑張れ電車男!否、ブログ男!

 自分で自分を鼓舞しながらも老体にムチ打ち、こつこつと書いているのだ。このような実体を書くと、実に地味でつまらない。
 せっかく日頃の煩悩を癒しに来ているのだから、公開ブログである限り、もっと夢を持った表現を試みるべきだろう。
 
 広いリビングにはクラシックが流れ、ハーブティの香りが心をゆったりとした物に替えてくれる。窓から見えるプールは、間接照明で彩られ、水面に現れるわずかな水のさざめきさえ宝石のように輝き演出に花を添える。
 軽い目の痛みを覚えて、パソコンから目を離すとメイドがちょうどいいタイミングでサンドイッチでもいかがですかと運んでくる。
 んなアホな。メイドカフェじゃないんだから。
 深夜の戯言である。
 妄想である。
 メイドがカフェを作ったら、メイドインカフェか。
 自分でもよく分からない。
 何となく文章がたゆたっている。
 看板の謎は至って簡単である。
 それはマグネット制なのである。
 つまり、看板の文句の部分だけ磁石で看板にくっつくようになっているのである。
 だから、くだらないとか言っちゃダメだって。
 所詮、素人の書くブログなんてこんなものである。
 そして今日もまた夜は更け、僕も老けていくのだ。

笑わない数学者 MATHEMATICAL GOODBYE (講談社文庫)

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