<小説のお時間>〜今週の伊藤くんのひとりごと

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 こんな夢を見た。
 サングラスをかけたオールバックの男が隣に座っている。少しすきっ歯だ。そして背が低い。サングラスのせいで目の動きが分からない。
 観客がいる。100人位だ。
 驚いた事に男は観客をあおっている。
 そして拍手を静する。
 もしかしてこれは…。
「今日のゲストは伊藤くんでーす!」
 観客から歓声が上がる。
 そうなのだ。
 この男はー
 そしてこの番組はー
 聞き慣れたテーマソングが会場に響く。
 スタッフに促されてドアを開ける。
 そこはあの舞台だった。
 動揺する伊藤くん。
 全国放送?
 仰々しい程の花輪が狭い舞台を我が物顔に占拠している。この花は毎日毎日どこへ行くのだろう。持って帰ると言ってもかなりの数だ。観客に配るのだろうか。それとも使い回し?
 伊藤くんはゆっくりと座席を迂回して前へ出る。サングラスの男が手招きで誘導するのだ。
 なぜみんな伊藤くんを知っているのだろう?
 とにかくそれなりに観客にアピールした後、イスに座る。
 隣の男が正面を見据えたまま話し出す。
「最近どう?」
 そう言われても、あまりに漠然としていて答えに困る。
 しかし、隣の男も年齢差がある人間に対して何をどう聞いていいのか分からないのだろう。
 伊藤くんはいろんなカードをオダギリジョーのように頭の中でめくりながら、取捨選択する。
「まぁまぁですね」
 やっと出た答えがそれかいっ!と大塚愛つっこみを(心の中で)するが、やっぱり緊張しているのだ。関西弁でぼちぼちでんな〜とはキャラ違いの伊藤くんには言えない。
「一旦、CMで〜す」
 えっ?もう?
 絶妙のジングルが流れ、コマーシャルに入る。
 よほど話す事が無いのだろうか。ここではタモーいや、サングラスの男が会話を主導している。画面上では何も会話に抑揚が無いように見えるが、24時間テレビの徳ーいや、細ーにいくらつっこまれようとも笑顔満面の司会者のように絶大な権力を持っているのだ。
 あの番組において、せっかく武道館に向かってもう一歩の所まで来ているのに、時間が来たから放映中断ではあまりに視聴者の気持ちを逆撫でする。社運を賭けた番組だけに特別措置もすごい。その後の番組調整はかなり大変だろう。
 それはともかく、隣の男である。
 どうしようか。伊藤くんは思案に暮れている。
 そして、隣の男もまた同じ事を考えていた。
 
 後、何分もたせようか。
 こんな時、自分の部屋にゲストを招く白柳なら、何も言わなくても最後までしゃべってくれるのに…。
 実際、白柳女史は一度目は番組終了時まで、二度目の登場も見事にコーナーの次々を飛ばし、番組の記録を更新した。
 さて伊藤くんである。
 大体、この子は何だろう?
 サングラスの男は今さらながら隣の青年を隙間から覗き見る。
 さして有名な作品に出ているわけでもなければ、アイドルのようなルックスをしているわけでもない。
 飛び抜けた才能も無さそうだ。
 白柳なら綿密にスタッフが事前の聞き取りを行い、机の上にその内容が書かれた紙を広げながら確認作業を放送中に行う事もできるが、自分にできる事と言えば、せいぜい安産のお守り代わりに放送できない絵を描くくらいだ。
 歌番組なら、適当に相づちを打って歌に入ってもらう事もできるのだが…。
「ーモリさん?」
「あっ、はいはい」
 どうやら話しかけられていたのに気づかなかったようだ。
 
 やはりこの男は何も話題が無いのだ。
 伊藤くんにはなぜかこの男の考えている事が分かる。
 なぜなのかは分からないが、自分にはそういう特殊能力が備わっているようだ。
 観客が水を打ったように静まり返っている。
「じゃ、お友達お願いしま〜す」
「えっ?もうそんな時間ですか?」
 手元の腕時計を見ると明らかにいつもの時間より早い。
 隣の男を窺うと、依然として表情は分からないものの、かえってそれが吉田不気味だ。

 誤字ではない。
 一時期、この番組でレギュラーを張った程のキャラだが、トークしてみると不気味でも何でもなかったタレントである。
 
 それはさておき友達は?と言えば、ヒトシ?
 ダメだ。放送禁止の風貌に視聴者はリアル噴飯体験してしまうだろう。やはり洋子さんか。
 いやいや、洋子さんを大衆の目にさらすなんてもったいない。
 ここはルックスや知性的に何の問題も無いカズにしよう。観客の大半は若い女性だから、イケメンの方がいいに違いない。
 そうだ、そうしよー

 というところで目が覚めた。
 何だ夢だったのか。
 時計を見ると、

1+4:3×5
 つまり5:15だ。
 少し早いけど、起きよう。あの変な緊張感を強いる夢の続きなど見たくない。
 伊藤くんの今朝の脳力メニューはやっぱりDSである。
 但し、いつもの脳きたトレーニングではない。
 今朝のおめざは有名私立幼稚園の入園問題を集めて作られた『やわらかあたま塾』である。
 言語・記憶・分析・数字・知覚という5つのジャンルに分かれた問題が画面に表示される。
 例えば、分析問題では重さ比べという問題が出題される。
 これは、はかりに載ったキャラクターのどちらが重いかを選ぶという物だが、はかりは三つあって頭の中で素早く比重を吟味しないと答えられない。レベルが上がってくると自分の頭は幼児以下の軽さかと情けなくなってくる代物だ。
 分解パズルでは、細分化されたピースの破片をシルエットの絵に合わせて組み立てないといけない。幼児向けの右脳クイズとは言え、これもまた難しい。
 
 伊藤くんはひとしきり問題を終えると枕元の本を読み始める。
 夜はまだ明けていない。通学の時間には早いようだ。
 太陽は布団の中にいる。
 気がつけば、春のうららかな陽気に眠っていた。
 時間はー

 今度は夢ではなかった。

文鳥・夢十夜 (新潮文庫)

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