<小説のお時間>〜伊藤くんのひとりごと
48
「乾パンの缶の中には何で氷砂糖が入ってるんやろうな」ヒトシが急に質問する。
「さぁ、たまには甘い物が食べたくなるからじゃない?」洋子さんが何でそんな事をとでも言いたげにヒトシの顔を見る。
「あれは口の中を潤すためだよ。食べてばかりだとパサパサになるからね」伊藤くんが自慢気に答える。伊藤くんは知らない事以外は何でも知っているのだ。
「乾パンって結構うまいよな」カズはそう言うと席を立つ。
「どこ行くの?」
「ちょっと乾パン買ってくるわ」
「何それ」思わず手を叩く洋子さんである。
売店に向かうカズを目で追いながら、ヒトシが「分からない物ってあるよな〜」と感慨深げに言った。
「何がよ?」なぜかヒトシに対しては厳しい洋子さんである。
「うちの近所に変な自販機があるんや」
「変な自販機?三角形とかそういう事?」
「いやちゃうちゃう、そやから言うてやらしいもん売ってるとちゃうで。タバコの自販機やねん」
「そんなのそこら中にあるじゃない」
「うん、そやねんけどその自販機の場所が全く通りに面してないねん」
「じゃあどうやって儲けるんだろうね」伊藤くんは興味深々の顔でヒトシの眼鏡を見る。
「そこや。まるでさおだけ屋みたいやろ?」ヒトシの目がいたずらっ子のように怪しく光る。いや、光ったのは眼鏡か。
「これにはからくりがあるねん」
「ん?何の話してんだ」カズが缶入りの乾パンを手に持ち席に着く。
ヒトシが手短に説明する。
「どんな場所?」洋子さんも興味を持ったようだ。
「田んぼのそば」
「じゃあ、そこの所有者のために建ててるんじゃないのか?」カズはすでに缶を開け、中の乾パンをバリボリと食っている。
「そんなん採算合わんで」
「そこはウォーキングコースか?」
カズの質問にヒトシの動きが止まる。そのまま止まっていた方が世の中のためかもしれない。
「あぜ道を通る奴がいるんだね?」伊藤くんはカズの質問から意味を汲み取る。
「そっか、散歩の途中でそこを通る人が結構いるのね」
「じゃ、通りに面しているのと同じじゃん」伊藤くんがからむ。
「まっ、現実なんてそんなもんやで」
「勝手にまとめるな!」三人が同時につっこむ。
「コンタクトは絶対目の後ろに回り込まないのに、怖がる人っているよね」洋子さんが話題を変える。
「うん、いるいる。目の構造を考えたらそんなのあるわけないのにね」
「えっ?そうなん?俺、子どもの頃から眼鏡やから知らんかったわ」
「俺はコンタクトだよ」カズが目をパチパチさせる。
「へ〜、そうなんや」
おそらくカズなら眼鏡を掛けても十分お似合いだろう。
何をやっても絵になる男とそうでない男。
「眼鏡の無い昔ってどうしてたのかしらね」
「不便だったと思うよ」
「電気も無かった時代は夜が長かったんだろうな」
「娯楽なんて全然無いもんね」
「人生の長さも全く違うんやろな」
「本なんて無かった時代は口承しかないわけだしね」
「マンガも無いなんて考えられないな」
「ほんまやで」
「マンガって再販のサイクルが短いからすごいよね」
「そうね。いろんなサイズになって出るもんね。北斗の拳とか何回発売されてるのかしら」
「ハードカバーが文庫になるまで3年かかるのにマンガなんて人気があればすぐだもんね」
「学術書が高いんは、売れへんからやけど、マンガなんか安いもんな〜」
「でもマンガって今時カラーじゃないのが不思議よね〜」
「確かに白と黒のグラデーションだけやもんな」
「で、巻頭カラーなんかやと違和感を覚えたりするねん」
「スーパーサイヤ人が金髪だと言われたらちゃんとそう見えるもんね」
白髪は白髪に見えるというのがマンガのすごい所だなと伊藤くんは思う。もちろんコストの問題もあるのだろうけど、アニメ版に吹き出しをつけただけのコミックスはどうも面白くない。
マンガというのは一コマ当たりの労力に対して滞留時間が短い。背景はあくまで設定を与えるための記号だ。
通常、じっと背景を見つめる人はいない。描いている人には申し訳ないけど、話の先が気になってそれどころではないのだ。マンガ家を目指している人は別かもしれないが、文章ばかりのページをめくるよりは圧倒的に早い。
だからマンガ雑誌のような手軽な消費材が存在するのだ。
それに比べると月刊小説雑誌というのは以上に分厚い。マンガ雑誌の感覚で述べるなら、よほどの小説好きでもない限り購入しないだろう。しかも、続き物である。つまり、お目当ての小説が終わるまでは買い続ける事になる。
あれだけの分量を読む根気があるならよほど普通の小説を買う方が安上がりだ。しかし、新作をすぐに読みたいと思う人もいるのだろう。もしも週刊小説雑誌があったなら作者も大変だろうが、読者もかなりつらいはずだ。
日刊になれば、もうそれは拷問である。
えっ?このブログですか?
それは作者への拷問です、はい。
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