<小説のお時間>〜伊藤くんのひとりごと

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「この前の塩アメじゃないけどさ。異例の組み合わせというか、逆転の発想ってあるよね」伊藤くんに限らずこのような唐突な話題の転換は、大抵の場合すでにその答えが用意されている時に起こる。
 そこでこの場合もまた、当然のように次の質問が繰り返されるのだ。
「例えばどんな事?」
 伊藤くんはそんな洋子さんの返事を待っていたので、言うが早いか聞くが早いかPDAから該当データを出す。
「例えば、これこれ。新聞記事なんだけど、最近、百貨店の子ども服売り場にOLの姿が目立ち始めたらしいんだよ。さてここで問題です。彼女たちはなぜそこにいるのでしょうか?」
 正解はフリップにどうぞと言わんばかりの口調でみんなを見回す。
「子どもの服を買いに来た」
「ブー、お手つき一回」
「何よそれ。古い」
「誰かへのプレゼントちゃうん?」
「ブー。でも近いかも」
「かわいいからか?」カズが多少おどけながら言う。
「ブー。それもある意味近いけど不正解」
「オブジェ?」
「ブー。お手つき2回目」
「もう、だから何よそれ!」
「正解は自分用で〜す」
「ええっ?ほんまに?」
「うそ〜」
「意外だな」
「でしょ?中でも小6サイズが小柄な女性にぴったりなんだってさ。大人も着られる独特のデザインが受けてるらしいよ」
「ああ、なるほど」
「そう言われると何か分かる気もするな〜」
 ヒトシの発言に、つい小6の服を着た彼を想像するが、それは絶対無理だと思う伊藤くんである。
 いくら最近の小学生の発育が昔に比べていいとしても、こんな猪八戒の入る服などそうそう無いに違いない。
「で、それが逆転の発想というわけだな」やっぱり最後にまとめるのはカズである。
「そうそう。子どもと大人の女性というのは一見すると異質の組み合わせだけど、ずっと前に話したオズボーンのチェックリストの法則にもあったように意外な組み合わせが効果を生んだ例だよね。例えば、小柄な老人にも案外受けるかもしれないよ。安いというのも魅力だし、ますます少子化と高齢化に拍車がかかるのは間違いないしね」
「そうかもね。私も今度買ってみようかな」
 洋子さんならきっと似合うに違いない。ヒトシと比べると半分くらい細い。
「子ども用と言えば、昔子ども用のラジカセが高齢者に売れたらしいな」
「えっ?何でなんで?」
 カズの針にはよほど高級なエサが付いているのか洋子さんの食いつき度が高い。
「どんどん進化する技術についていけない人達がたまたま子ども用の簡易機能しかないラジカセに目をつけたってわけさ」
「そやな。確かに最近もう暗闇じゃどれが何のリモコンか分からんかったりするもんな〜。まさに暗中模索や」
「だからと言って高齢者向けとあまり宣伝しても売れないらしよ。前に小さな文字じゃ見にくいから、拡大版の地図を売りに出したらしいんだけどさっぱり売れなかったらしいんだ」
 伊藤くんも負けじとエサを付け替える。
「何で?」
「ではシンキングタイムスタート!」
「またクイズかいな」
「10秒経過」
「測るな、測るな。で、制限時間なんぼやねん!」
「そりゃやっぱり、年寄り扱いされるのが嫌なんだろう?」
「カズ、正解!」
 きっとみのもんた(本名・みのりかわもんた)ならたったこれだけで2時間は引っ張るだろう。昨夜も生放送番組を11時までやっていたのに、もう朝の番組に出ているタフな人である。正解はタメるが、疲労はたまらないのだろうか。
「で、いろんな考案の末、活字だけを大きくして外見は元のサイズのままの地図を売り出したところ飛ぶように売れたんだってさ」
「微妙な心理ね〜」
「商売って難しいな」
「そう言えば、大阪の旅行みやげにキーホルダーを作ろうとしたメーカーがあって、食い倒れ人形とかのキーホルダーだったら売れると思って許可を取りに行ったら、どのお店も承諾してくれなかったのに、ある事をしたら逆に是非作って下さいって言って来たらしいよ」
「何やねんーあっ、言うてもた」ヒトシが頭に手をやる。しかし遅い。
「ではラストミステリー不思議発見!」
「何がラストやねん!しかももう問題出てるやん!」
 ヒトシ人形の叫びが虚しく響く。
 カズが笑いをこらえている。
「何か仕掛けがあるとか?」洋子さんがかわいい顔で尋ねる。生命保険の勧誘なら業績アップ間違い無しの笑顔である。
「まぁ、あるっちゃあるかな」
 伊藤くん、まるでタモリ(本名・もりたかずよし)みたいである。
 夢のある芸能人?のはずなのに公務員のような生活を送っている人である。もっとも収入はちょっとした国家予算くらいあるのだけど。そりゃ笑ってもいいともだろう。
「目が飛び出すとか?」
西川きよしやないねんからそんなんちゃうやろ」
 カズに先制点を取られまいとヒトシ必死の牽制である。そんな事をしても雨の日に水まきをするようなものだけど。
「造形がリアルというのはどう?」洋子スマイルが輝きを増す。
「ブー。そういうのじゃありません」
 本当は正解にしたいところだけど、そこはグッとこらえる伊藤くんである。
「音が鳴るとか」
「それも外れ」
「もう何やねん!分からん分からん」
 一番牽制したい生物が逆ギレである。カンニングの竹山に似ているくせに答えはカンニングできないらしい。
「正解は電話番号を付けた、です」
「そうか宣伝効果としては抜群やな」
「でしょ?キーホルダー、ちょっと工夫でこのうまさ」
「お前は神田川か!」
「あなたはもう忘れたかしら〜」
「はいはい」
 洋子さんの冷たいつっこみが洗い髪に芯まで冷えた。若かった怖い者知らずの二人にも怖いものはあるようである。