<小説のお時間>〜伊藤くんのひとりごと
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こんな夢を見た。
歯の出た男が舞台の真ん中に立っている。
そして、私って○○だな〜と思う時というお題の再現VTRが流れている。
伊藤くんはそのVTRを見ながら、事前に書いて提出した自分の体験談を反芻する。いつこの司会者が自分を指名するのか分からないからだ。
その男の目は笑っていない。
高速に回転するコンピューターは次の獲物をシミュレートし、自分の笑いのエサを探し求めている。
この番組は若手芸人にとっては戦争である。ここでもし若に気に入ってもらえれば、一躍スターになる事ができる。もしかしたらレギュラー番組さえ持てるかもしれないのだ。
しかし、現実はそう甘くない。
何しろ目の前の男がずっとしゃべっているのだ。しかもその目は間断なく芸人の能力を推し量っている。自分のネタに自信が無い時は目を伏せるに限る。もしも目が合い、名指しされた時は勝負するしかない。
前列には必ずいいトスを上げてくれる有名高校の名前をつけた芸人や太ちょ芸人が陣取っている。
他にも、名前紹介以来ほとんどトークシーンが無いイケメンライダー俳優席やグラビアアイドル席、土佐犬の綱のようなねじりスカーフを首から提げている大物俳優席と強面俳優席、天然女優席など、すでに予約席で一杯のため、若手芸人席を獲得するだけでもかなりの運が必要なのだ。
その席の一つに伊藤くんがなぜか座っている。
そして、ネタ繰りに一生懸命なのである。
目の前の男は口からツバを飛ばし、転げ回っている。
すでに収録は3本目であり、6時間は超えていると聞くのに男はますます饒舌になっていく。
会場は笑いの渦に巻かれていく。
しかし、男の目は依然として笑っていない。
貪欲に笑いを求め、いかに自分に笑いの焦点が集まるかを綿密に思考している。
斜め向かいの天然女優がしゃべっているが、緊張のあまり何を話しているのか耳に入らない。意外にも場内は笑いが充満している。
あなどれない。
これだから天然は怖いのである。
今度はさらに隣の若い男が話し出し、また笑いを誘う。
この男性は子どもの頃モデルをやっていたらしいが、今では歌手としてデビューし、去年は見事紅白出場まで果たした。端正な顔立ちでハーフの二枚目だが、英語は話せないらしい。そして、なぜか芸人でもないのに笑いという事に執拗にこだわりをみせるのである。
若手芸人危うしである。
そして、なぜか伊藤くんも同じ心境である。
ふいに出っ歯の男と目が合った。
キタッーーーーーーー。
伊藤男の背筋に電流が走る。
萌え〜ではなく、「もーええっ!」と若手つぶしに余念の無いこの男が今、伊藤くんをまっすぐに見据える。
やばい、どうしよう?
このネタでイケるのか?
カットされたりしないだろうか?
男のキャラクターがついた指し棒でテーブルを何回叩くかがオンエアで使われるかどうかの判断基準である。
その叩き具合で一族郎党の生活が大きく変わるのである。
全く恐ろしい番組である。
から騒ぎどころか大騒ぎである。
というところで目が覚めた。
良かった。夢だったのだ。
伊藤くんは言いようのないプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、顔を洗いに階下へと降りた。