<小説のお時間>〜伊藤くんのつぶやき
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伊藤くんはグランドの観客席にいる。
春にしては強い日射しが顔に陰影を作る。
のどかだ。
こうしていると世の中から隔絶されたような気分になる。
まるで呼吸を止めたように静かだ。
時間の流れがどこまでもゆるやかで自分の存在までもが無に感じる。
遠くでサッカーボールを蹴っている学生がいる。
本を顔面にかぶせたまま寝ている学生もいる。
こんな時間がいつまでも続けばいいのにと伊藤くんは思う。
四月になり、新入生が門をくぐる。いつの間にか自分が二回生である事に気づく。
日本の四季は節目を感じさせる為に存在するのかもしれない。
春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来る。
それに合わせて服や食べ物が変わる。
そして一つ年を取る。
もしも一年が365日で無かったなら、もしも一日が24時間で無かったなら、もっと時間は違ったものになるかもしれない。
例えば2日で一日だとすれば、一日は随分と長い。
朝が来て、昼が来て、夜が来て、朝が来て、昼が来て、夜が来る。
それが一日だ。
ごく一般的な通常の生活リズムに則るなら、夜が2回来るという事は2回眠る事になる。
ではそれぞれの時間を短くしてみよう。
もう少し詰めるとどうなるか。
それが分割睡眠だ。
つまり一日に2回眠るのである。
昼寝とは違う。
例えば、6時間眠る人は3時間ずつ分割して眠るのだ。
そうすれば自分のバッテリーが長持ちする。
朝早く起きた人は夜がつらい。
当然の事だが、一日に継続して起きている時間が長いからだ。
しかし、分割して眠ると継続起床時間が短い。
睡眠を取ると心身共にリフレッシュされるのは間違いない。
できない人は不眠症の人くらいだろう。
睡眠にもサイクルがあるらしい。
1つのサイクルは1時間半というのが大方の見解である。
つまり1時間半刻みで、3時間、4時間半、6時間…と続く。
だからそのサイクルの切れ目で目覚めるとちょうどいいらしい。
もちろん1時間半では足りないだろう。
そこで3時間ずつや4時間半ずつというのが理想かもしれない。
タケコプターも休ませないと必ずバッテリーが上がる。劇場版では毎回同じ過ちを犯していたではないか。
伊藤くんは授業の合間に図書館で仮眠を取る。
自習席が格好の寝床だ。
さすがに3時間も寝ていられないけど、1時間半くらいなら十分に可能である。一つの授業時間がちょうど同じだから実に都合がいい。
そして、今は春のうららかな陽気に心地いいそよ風が眠りを誘う。
実に幸せだ。
一日が何倍にも感じられる。
いつか時間に縛られるようになっても、この気持ちは忘れないでいようと伊藤くんは思った。