<小説のお時間>〜伊藤くんのひとりごと

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「これってどんなゲームなの?」
「自分が動物の村の住人になってスローライフを楽しむ作品だよ」
 洋子さんは今、任天堂DSで『おいでよ どうぶつの森』をプレイしている。画面の中では二等身のキャラクターがゆっくりとした歩調で村の中を散歩している。
「このゲームの目的は何なんや?」
 関西弁のタヌ吉が質問する。
「目的は無いよ。あえて言えば何をしてもいいというのが目的かな」
「そんなゲームがおもろいんか?」
「それはその人しだいだよ」
「へ〜。何かかわいいね、これ」洋子さんが声を上げる。結構楽しそうだ。
「服とか帽子は自分でデザインもできるんだよ」
「うそ、それってすごいじゃない」
「家具もカーペットもいろんなデザインがあるんだよ。しかも他人と交換できるし」
「えっ?これって通信機能とかあるの?」
「うん。Wi-Fiコネクションを使えばパソコンを通じて全国の人と遊べるよ」
「ええっ?全国の人と?」
「まるでネットゲームだな」
「元は64ソフトだったんだけど、その頃はもちろんネットなんてまだできなかったから、当時はメモリーカセットで交換してたんだ」
「そうか、そういうやり方もあるのね」
「でもこのゲームの面白さはそれだけじゃないよ」
「他にもあるんか?」
「そもそもこのゲームは家族で楽しむ事を目的に作られたんだよ。昼間に子どもが掲示板に書いたメッセージを夜遅くに帰ってきたお父さんが読んで返答する、言わば家庭内チャットのような役割もコンセプトに盛り込んでいたんだ」
「うわっ、それってもっとすごいわね」
「さらにこのゲームは実際の時間と連動しているから、季節や朝・昼・晩の区別があるというのも特長的だね。結果としてDS版は200万本を超す売れ行きにまでつながった。携帯機としてより身近に生活の中にとけこんだのが良かったんだろうね」
「そんなに売れてるの?」
「ゲームが子どもに影響を及ぼすという事は昔から言われて来たけど、こんなゲームだったらきっとコミュニケーションツールとして使えると思うな」
「でも子ども版出会い系サイトみたいな事にならないかしら?」
「パスワードを知っている者同士にしかお互いの村を行き来できないから大丈夫だと思うよ。もちろんそのパスをネットで仕入れているとしたらちょっと怖いけど」
「まっ、難しいとこやわな」
「『脳内汚染』って本知ってるか?」大して関心を示さなかったカズが尋ねる。
「知らんな」
「私も」
「僕も」と言いながら、伊藤くんはPDAで書籍データを検索する。
 文藝春秋岡田尊司という名前が出る。
「簡単に言えば、暴力的なゲームやメディアに幼い時に触れ過ぎると人格形成の上で良くないという事らしい」
「確かに洋ゲーの暴力性はすごいもんな〜」
「ボーリング・フォー・コロンバインで題材にされていた銃乱射事件も本に出てくるけど、確かにこれを読んでいるとゲームの影響を否定する事はできない。ただ大人になってからゲームをするのは異常だと解釈してしまうきらいはあるな。別にゲームでもマンガでも映画でもテレビでもいい作品はいっぱいあるのは今さら言うまでもない。人の痛みを思いやれる作品に触れる事で実際には体験できないような悲しみや優しさを考えられる子どもになる事はできると思うな」
「そうね。依存し過ぎるのはどうかと思うけど、ブラックジャックによろしくなんてちょっと踏み込み方がすごいもんね」
「要は自分の頭で考えへんようになったらあかんちゅー事やな」
「ただただ殺戮を目的とするゲームや現実の訓練に使用されるようなリアルなシミュレーターゲームはある程度規制が必要だろう」
「小説やドラマも最近はどんどん過激になってるしね」
「人生にはリセットボタンが無いというのは名言やな」
「でも脳を鍛えるソフトなんてのはそういうゲームにはあてはまらないんじゃない?」
「そうだね。でもただ前頭前野を鍛えておしまいというのも何かもったいない気がするね。せっかく脳のエンジンがかかっているのに後は冷却するだけみたいな」
「俺は伊藤みたいにデジタルと本に洗脳されてるのも怖いと思うけど」
「大事なのはインプットとアウトプットのバランスじゃないかな」
 洋子さんがフォローのつもりかカズの後を受ける。
「宝の持ち腐れってやつか」
「ネットゲームから抜け出されへんというのはちょっと分かるな〜」元祖秋葉系のヒトシが腕を組む。
「えっ?ヒトシってネットゲームとかするんだ」その口調は決して明るいものではない。
 伊藤くんが思うにヒトシのやっているゲームはきっと洋子さんの想像以上の物だろうと思う。
 見も知らない人達と一緒にゲームをするというのはいい事ばかりではない。
 それも人生勉強の一つだと思えるような判断基準ができるまではしない方がいいのかもしれない。
 何よりも伊藤くんにはこんなに素敵な仲間がいるのだから。

おいでよ どうぶつの森

おいでよ どうぶつの森

脳内汚染

脳内汚染