<小説のお時間>〜伊藤くんのひとりごと

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 何だかつまらないと僕の脳内編集長はつぶやく。
 このままじゃ部数も伸び悩みですねと能なし社員がさらにかぶせる。
 そこで窮地に立たされた僕は、打開策を試みる。
 つまり、登場人物を増やしてみてはどうかという議題がここに来て浮上したのである。
 しかし、この議題は新たな問題を提起する。
 お前の拙い筆力で人物を描ききれるのかという極めて当たり前の結論にぶつかってしまうのだ。
 だけど、男女平等という点からすればこのお話は少し不公平ではないかという考えが頭をもたげる。
 女性一人に対して男性三人という構成は、合コンなら明らかに不成立である。
 合コンではないからいいではないかという意見もあるが、正直物語としては登場人数が少ないので盛り上がらない。
 その回避策、もしくは言い訳としてパクリの新畑任二郎や生協の黒岩さんを登場させるという姑息な手段に出たのであるが、それらは所詮場つなぎでしかないのが現状だ。
 以上のような朝まで生討論並みの紆余曲折を経て、ここはやはり登場人物を増やそうという結論に至った。
 こうなったら、読者が覚えきれないくらいの水滸伝並みの登場人物を出してやれという邪な気持ちになってくるから僕という人間は全く不思議な精神構造である。
 ここで自己の特異性について五万文字ほど語ってもいいのであるが、すでにここまでついてきて下さった方もいないわけではあるまいから、それは後に回そう。
 だから、今日は新キャラ誕生編で筆を進めようと思う。

「すいませーん。ここって何のサークルですか?」
 甘い声が突然頭上で響いたので伊藤くんは眠りの世界から現実に引き戻される。
 食堂の喧噪が意味の無い旋律を繰り返し、単調なリズムが睡魔を召喚し、彼を誘っていたのだ。
「ん?」
「あっ、ごめんなさい、起こしちゃいました?」
「って、思いっきり寝てはったやん!あんた相変わらず無神経やな〜」
 なんだなんだ。
 伊藤くん、いきなり飛び込み参加の漫才コンビに頭がついて行かない。そう言えば、他のメンバーはいつしかいないようだ。
「だって菜々子的にはオッケーと思ったんだもん」
「何やそれ?これやから東京もんはあかんねん」
「あ、あの〜。僕に何か用?」
「あっ、すんません、あたしら一回生のもんですけど。これ見てきましてん」
 茶髪の大阪弁の女の子がチラシを差し出す。大塚愛に似て、目は細めだがそれなりにかわいい。ただ格好が少し派手だと思う。
「そうなんですよ〜。アイデア発想クラブって何か変わった名前だなと思って」
 甘い声の正体は目の大きなヒトシが一目で萌えそうなアイドル顔の女の子だった。こちらは春らしい白で統一された服装をしている。
「ああ、入部希望?」
「とりあえず内容だけでも聞こうかなと思って」
「そやねん。他のサークルはどこもありがちやけど、そんなん興味無いし、勧誘してないのここくらいやからかえって気になりまして」
 そう言えば、勧誘してないのはうちくらいかもしれないなと思いながら、うなずく伊藤くんである。
「とくに活動らしい事はしてないけど。まあ変わった事とかどうでもいい事をだべっているだけのサークルだよ」
「何人いるんですか?」
「僕を入れて4人」
「何回生の人がいるんですか?」
「みんな2回だよ」
「男性は?」
「おいおい、何の目的やねん!」
「いいじゃない。青春、青春」
「あんたの場合、字が違うんちゃうの?」
「そんな事ないもん。そりゃあ、高校の時とかいろいろあったけど、新しいキャンパスライフを楽しまなきゃ、あっという間におばあだよ」
「まだ早いわ!」
「大学生活なんてドッグイヤーだってテレビで言ってたもん」
「毒されすぎや!」
「でも4年なんてすぐよ。短大の子なんて来年はもう就職だもん。社会に出たら結婚なんてすぐだしー」
「あ、あの。ちょっといいですか…」高校時代にいろいろあったんだと思いながら、割って入る伊藤くんである。
「あっ、すんません。あたしらほっといたらずっとこんな感じやから、で、何でしたっけ?」
 質問したのはそっちだろうが。
「男性3人、女性1人です」
「わお〜、すごい。トリプルAじゃん」
「何それ、意味わからへん。人数全然足りてへんし」
「僕は伊藤って言いますけど、お二人名前は?」
「私は中松奈々子。通称ナナで〜す」
「うちは鬼塚愛や」
 パクリやん。
「えっ?今何か言いました?」
「いえいえ、こっちの話です」
「あっそ。この子、マンガ好きやねん。ナナって知ってます?」
「うん。この前、みんなで観に行きました」
「へ〜。私あのマンガ大好きなんです」
 語尾につねに小さい「う」を入れて表現したいような甘えた声で話すナナちゃんである。
「あっ、僕らもマンガの話ばっかりしてるよ」
「そうなんですか。わ〜、嬉しいな」
「で、どうする入るん?」
「どうしようかな〜。他の人ってどんな感じですか?」
「結局、男かいな」
「そんなつもりで聞いたんじゃないもん。何となく気になるじゃん。誰に似てるとかあります?」
 カズは別格として、ヒトシは電車男とは言えないな。
「まあ、それは会ってからのお楽しみという事で」
「愛はどう思う?」
「うちは別にどっちでもいいけど、まあ何かのサークルには入りたいなと思うんよ。でも運動苦手やし、あんまり暗いサークルもな〜」
「どうかしたのか?」
 カズが伊藤くんの隣に座る。
「いや、この子達が入部しようかどうか迷ってるみたいでさ」
「あの、失礼ですがこちらのサークルの方ですか?」
「そうだけど」
「お名前は?」
「所山一樹。ここではカズって呼ばれてるけどね」
「私、入ります」
「はやっ!やっぱ男―」
 ナナちゃんが慌てて愛の口を手で押さえる。
「で、どうすればいいですか?」
「いや、あの」
 伊藤くんはドタバタしている愛が気になる。
「特に入部届けのようなもんないよ」
「ホントですか?じゃ、今から私たちここにいてもいいですか?」
「ああ、別にいいよ。なあ、伊藤?」
「うん。いいよ」
「やった〜!」
「ちょっと、あんたいい加減離しーや。全く力だけは強いんやから」
「早速、自己紹介しま〜す」
「あんた、張り切りすぎやで、合コンちゃうねんから」
 まるで、リアルナナコンビを見ているような錯覚にとらわれながらも、伊藤くんはこれからどうなるんだろうと心の中でつぶやく。
 そして、それ以上に行き先を心配しているのが作者の僕であった。

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