<小説のお時間>〜伊藤くんのひとりごと

58
「先輩は何学部なんですか?」
 前回から急に現れた新キャラこと中松奈々子(実に安易な名前だ)がきらきらした目で質問する。この物語ではナナちゃんと呼ぶ事にする。いや、すでに呼んでるし、物語という程ストーリーは無いけど。
 先輩という響きはなぜかグッとくるものがあるのは伊藤くんだけだろうか。この場合もその呼称を自分の事だと解釈した伊藤くんがいち早く答える。
「僕は法学部。カズは社会学部だよ」
「うそっ、私、法学部なんですよ〜。で、愛は文学部だよね」
「へ〜。校舎近いね」
「ですね」
「何で?」
「愛、知らないんだ?法学部と文学部の校舎は共有なんだよ」
「ああ、そうなん」
「ちなみに洋子が文学部だな」
「よーこ?」
「ああ、うちのメンバー山口洋子の事さ」
「せ、先輩とその人って何か関係あるんですか?」
「えっ、別にないけど何で?」
「いえ、いいんです。そうですよね〜、サークルメンバーですもんね〜」
 初対面の人間を前に呼び捨てはさすがにまずいだろうと思うが、それがカズなのだと心でフォローする伊藤くんである。
「他の人達はいつ来るんですか?」
「さっきまでいたけど、今日はもう来ないかもな」
「残念〜」
「じゃ、今度歓迎会兼ねて食事でも行こうか?」
「はい!」
「あんた、目からきらきら光線出てるで」
「きらきら光線?」カズが愛に聞く。
「この子な、好きな男見るとすぐ光線出すねん」
「ちょっと、もう〜、やめてよ。やだ、愛ったら」
「そうか伊藤の事が好きなんだ」
「へっ」
 一堂の空気が止まる。これがちびまる子だったら、顔に線が入っているところだ。
 それがカズであると伊藤くんは心でフォローする。
「良かったな、伊藤」
「よくない、よくない」
「えっ?」
「ああ、いやこっちの話なんで気にせんといて下さい」
「あ〜、今流した?何かショック」
 ショックなのは僕なんですけど。何か凹むな。
「カズさんって、天然って言われません?」
「別に言われた事ないけど、どっちかと言うと洋子がそうかな」
「うん、まあそうかな」伊藤くんも話を合わせる。
「この前も冷蔵庫に入っているもずくとコーヒーゼリーを間違えたとか言ってたよ」
「もずくとコーヒーゼリー?」ナナコンビがまなかなのように声を揃える。
「ほら最近プラスチックの容器に入ったもずくあるじゃん。あれが冷蔵庫の奥にあったんだってさ」
「プラスチック?プラスティックじゃないんですか?」
 おいおい、ひっかかりはそっちか。
「関西ではプラスチックって言うんだよ」
「ええ、そうなんですか?愛、そうなの」
「ん?そうやね。確かにそう言うな」
「洋子は実家だから、親が買ってきたんだろうな」
「先輩、詳しいんですね」
「まあ、俺もたまにもずく買うからな」
 いや、そういう意味じゃないだろ。
「洋子さんの家に行った事あるんですか?」
「無いけど」
「ほんとに?」
「無いよ」
 空気が重い。話を変えなければ。
「似てると言えば、たぬきとむじなの違いって分かる?」
「えっ?」ナナちゃんが反応する。
「さあ〜、見た事ないしな」カズには空気の重さが伝わっていないようだ。
「僕も無いけどね」
「それがどうかしたんですか?」愛が切り返す。
「むじなと思って捕まえた人が、実際は狩猟を禁じられていたたぬきだった為に裁判になった事件があるんだよ」
「へ〜、そんな事件があるんですか?」ナナちゃんが光線を20%くらいこちらに向ける。
「これが実際の判旨なんだけどー」
「うわっ、先輩ハイテク」
 ナナちゃんは伊藤くんのPDAに驚いているようだ。
「何これ漢文みたいやん」愛が画面を覗き込みながら声をあげる。
「大正時代の話だからね」
「で、この人は有罪か無罪かどっちだと思う?」
「いきなりクイズだ。いつもこんな感じなんですか?ちょっと面白い〜」
「まっ、大体いつもこいつはこんな感じだな」
 お前もいつもそんな感じだけどな。
「さあ、中松さんはどう思う?」
「中松さんなんてやめて下さい。ナナでいいですよ」
 著作コードにひっかからないのだろうか。
「じゃあナナちゃんはどう思う」
 呼ぶのか、おい(by作者)
「何か法学部って感じですよね〜」
「質問に答えてないやん」
「愛はどう思うの?」
「そやね〜。その間違いが仕方無いんやったら無罪かな」
「もずくとコーヒーゼリーくらいの違いだったら?」
「それは全然違うやん。でも、本人にとって同じと思った理由があれば、ある程度は認めてあげてもいいちゃうかな」
「で、どうなんですか?」
「おっ、逆アップだ」カズが笑いながら茶化す。
「結局、学問上の見地からも同一の動物と認定されたから無罪となったんだよ」
「錯誤と故意の阻却の話なんだけど、いずれ習うと思うよ。簡単に言えば、勘違いの境界線をどこに引くかで有罪か無罪かを決めるという事だよ」
「先輩やっぱ法学部ですね〜。何かすごい!」
「あんたまた光線出てるで」
「私、ウルトラマンじゃないもん」
「はいはい。ある意味必殺技で落としてるやん」
 ちょっと落とされたいかも。
「もう、愛ったらひどい」
ウルトラマンと言えば、昔楳図かずおが書いてるやつがあったね〜」
「えっ、先輩ホラー好きなんですか?」
「うん、好きだよ。あと伊藤潤二とか」
「あっ、私も。うずまきとか富江とかすごいですよね〜」
「まるで同じ穴のむじなだな」カズがぼそっとつぶやく。
「でも洋子はホラー苦手だったな」
「えっ?」
 戻すな、戻すな。
 けれども、それがカズだと伊藤くんは思う(三度目)。
 さて、次回洋子さんは現れるのでしょうか。そして、ナナちゃんの恋の行方は?
 そんな話なのか、これ。(多分つづく)

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