ひっさびさの伊藤くんのひとりごと
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伊藤くんはパソコンの前に立っている。いや、正確にはMacを前にして座っている。もっと正確に言えば、ノート型のマッキントッシュを机の上に置き、傍らに置かれたマウスに右手を置き、左手は肘掛けに乗せたままイスの上でくつろいでいる。
日本語は曖昧だ。
いや、僕の文章がより具体性を欠くという方が妥当なのだろうか。
このようにこの小説もどきは作者の視点が意図的に作品世界に混入するのが味だった、と記憶しながら今書き始めている。当初、三部作で完結する大長編を意図しながらも、構想までに実に5年という歳月を要したこの作品も気がつけば、いつの間にか気まぐれ更新にかこつけて書く事から逃げていた。そう、吾輩は書く事から逃げていたのである。
この間、吾輩にはいろんな事があった。クドカンの初の昼ドラ「吾輩は主婦である」にハマりつつ、オダギリジョーの異色ドラマ「時効警察」にハマり、女王の教室スペシャルに涙しつつ、ゲームセンターCXで有野の挑戦に深夜にも関わらず歓声を上げ、海猿を観て、デスノート、トリック、嫌われ松子の一生、タイヨウのうた、ブレイブストーリーを観るという多忙を極めた。さらにワンセグ携帯を持ってからというもの、番組チェックにも余念が無く、新しいブログも開設しちゃったりなんかしちゃったのである。主婦かお前は。ついでにゲームなんかもしちゃったりしてます。小学生か。
つまり、吾輩は娯楽の伝道師としての役目を立派に忠実に誠心誠意こなした結果、息抜きとしての娯楽がまるで山積みになった仕事のように次から次へとこなさなければいけないという本末転倒の結果、自称さえも変わってしまったのであった(単に昼ドラのパクリやん)。
さて、吾輩の近況報告などどーでもいいのであるが、久しぶりだったのでついついな。
な?
実に馴れ馴れしい。
ここは「ね?」くらいにすべきではないだろうか。
少なくとも貴重な時間を割きながら、この戯言にここまでお付き合い下さってる方に失礼ではないか。
それはともかく伊藤くんの話である(訂正しないんだ)。
吾輩がブログ更新をさぼっている間にも伊藤くん達の生活はもちろん進んでいる。そう言えば、ヒット数を稼ぐために今流行りのタレント名を使ってみたり、パクリもどきの後輩キャラまで出していたような気もするが、そんな姑息な作者の思惑とは無関係に話は進んでいるのだ。ついでに更新してくれたらもっと楽なんだけど。
久しぶりに親戚の子どもに会ってみたら、自分の背丈を超えていたみたいな悲劇のような笑い話である(何が?)。
さらにさらに久しぶりに田舎のばあちゃんに会ってみたら、どちらさんですか?と真顔で聞かれるような悲しみもある(もう何が何だか分からない)。
うーむ、一向に話が進まない。このままでは一向一揆なんか起きたりしないかも(先に落ちてどうする)。
さて、伊藤くんはゲームを始めようとしている。
あっ、始めた(実況か、おい)。
画面は名前入力から主人公キャラの設定に変わる。このゲームは何をしても自由というのが売りである。何をしてもいいからといってイナバウアーとかはさすがにできない。このネタすでに賞味期限切れ、しかもそんな事をしても意味が無い。
画面の中にナビゲーター役の妖精が現れる。
「ようこそ、このワールドへ」
随分、アバウトだな。
「あなたはこの世界に導かれし冒険者、伊藤くんよ」
伊藤くんって入れたんだ(作者)
「何かご質問は?」
おお。
そうなのである。思わず伊藤くんが声をあげたのは、このゲーム人工知能とやらで会話を楽しむ事ができるのである。
伊藤くんは早速キーボードでセリフを打ち込む。
「なかなかかわいいですね」
「何が?」妖精の返事は意外に早い。そして冷静。これも人工知能の成せるだろう。
「あなたが、です」
「句読点の位置が不適切です」
「あなたがです」
「私が?」
「はい」
「本当にそう思っているのですか?」
「どういう意味ですか?」
「あなたはかわいいという自分をかわいいと思っていませんか?」
そんな内面的に攻撃されても…。ここはとぼけてみようかな。
「えっ?意味が分からないのですが」
「無理に分かろうとしなくてもいいです。では会話の知的レベルをもう一段下げます」
おいおい。
「あなたはかわいいというじぶんがかわいいとおもっていませんか?」
単にひらがなに変えただけじゃん!もうそれいいよ。
「お名前は?」
「女性に名前を聞く時はまずご自分から名乗りませんこと?」
いや、そんな良家のお嬢様風に小首かしげられても…。しかもすでに知られてるし。
「わたくしが言っているのは下の名前の事です。小太郎」
えっ?今こっちの思考読んだ?小太郎って誰?
「あなたの考えている事くらい分かります、愚民ども」
愚民?しかも複数形?
「どうしたのですか?陛下の御前ですぞ!こうべを垂れなさい」
キャラ違うんですけど。しかも展開早っ!
仕方なしに画面のマイキャラにしゃがみ動作をさせる。遙か上の段に王様と呼ばれたキャラクターが荘厳な姿で見下ろしている。
「おお、伊藤くんよ。遠路はるばるお越し下さいましてありがとうございます。当店の営業時間は朝7時から夜11時までとなっております。どうぞお時間の許す限り心ゆくまでお買い物をお楽しみ下さい」
はぁ?何でデパートになってんの?しかも開店早っ!何屋だよ!
画面の中の王様がじろりと睥睨する。注:へいげい=横目でにらみつける事。いや、目線合ってないですけど。
「何か?」
「いえ」
「生徒が教師に逆らうなどとんでもない事です」
いつから教師で生徒なんだ?
「イメージできるぅ?今の日本は飽食の時代なんです。世界にはその日食べる物さえろくに無い人もいるのに、あなたがた日本人は食べきれなくなったらすぐに捨てる」
いや、関係ないですけど。で、なに人?
「いい加減目を覚ましなさい!6年生にもなってまだそんな事も分からないの?」
大学生なんですけど。
「学級委員なにしてるの?黒板が汚れています、早く拭きなさい」
いねーよ!
性別不明の王様に罵倒されながら、伊藤くんの長い旅はおそらく始まるのであった。