やっぱり伊藤くんのひとりごと

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 しんみりと、である。

 秋の夜長はしんみりとである。

 この小説もどきは、時系列が一様ではない。季節はいかようにも変化し、話題も一定ではない。

 そんな風にして今日もこの話は始まる。

 学生の伊藤くんにとって、秋という季節は微妙である。

 秋にどんなイベントがあるかと言えば、なかなか思いつかない。

 夏は海、月の頃はさらなりである。

 学生と海は、老人と同じくらいよく似合う。

 おそらく寄せてはかえす単調な波の動きが、緩慢で怠惰な日常に近いからではないか。

 それで、だからどうだろうと問う人はこのブログを読んでも退屈なだけだろう。

 続けて、

 伊藤くんが不思議に思う事の一つにぞっとしない話というのがある。

 怖い話を聞いて背筋に悪寒が走るというのは、ぞっとする話ではないだろうか?

 気のおけない間柄というのは希薄な人間関係を指すように思う。

 しかし実際は逆である。

 なぜだろう?

 そんな事を考えているうちに時間が経ってしまう。

 テレビドラマでは相手も確認せずに電話に出て、驚く事が多い。

 何のために知人の番号を登録しているのだろう?

 また時が経ってしまった。

 このように学生の悩みとは汲めども汲めども尽きる事の無い泉のようなものである。

 あくまでバケツ一杯をゆっくり汲む程度なら、であるが伊藤くんの頭の中はおじゃまぷよがどんどんと落ちてくるのである。

 そしてそれは簡単には消えない。自分なりの結論を下すまでは積み重なっていくだけである。

 先日もそんな事があった。

 秋風が吹く肌寒い夜、いつもの道を歩いていると奇妙な出来事に出会った。

 ある飲食店の前にすごい勢いで回っている扇風機があった。

 寒いのに、である。

 なぜだろう?

 伊藤くんのはてなレーダーがそれをとらえた。

 アンテナが三本以上立った。

 MAXが何本かは不明である。

 とにかく反応した。

 しかしそれだけである。伊藤くんは、それ以上の解決を自ら率先して求めるほど積極的ではない。

 つまり、店に入って店員さんに聞いたりはしない。

 恥ずかしがり屋というのもあるけれど、自分の頭で解く事に意義があると思っているからだ。

 それって、ある意味積極的ではないか。

 とにかくその日の宿題はそれで終わりである。きっと店の人が昼間の暑さにしまい込むのを忘れてしまったのだろう。

 ところが、そうは問屋が卸さなかったのである。

 ここのおやじはかなり頑固なのだ。だから仕入れるのも一苦労である。

 さらに続けて、

 次の日の夜、伊藤くんがそのお店の前を通ると扇風機は二つに増えていた。

 しかも背丈の違う扇風機が両側から互い違いにまたしてもすごい勢いで回っているのである。

 どういう事だろう?

 伊藤くんは頭を抱えた。いや、道端ではさすがに恥ずかしいので、小首をかしげた。

 小首ってどこだろう?

 それすらどうでもいい。

 伊藤くんは家に帰ってからも考えた。

 しかしどうにも分からない。

 次の日もまたその次の日も結果は同じだった。

 しつこいようだが、外は寒いのにである。

 伊藤くんはとうとう我慢できなくなって、ある日意を決して店主に聞いてみようとまで思い至った。

 それを見るに見かねたのか(誰が?)は定かではないが、意外にも店の前まで行くと謎は解けた。

 というより自分なりに納得できた。

 そこには次の貼り紙があったのだ。

 「虫が入りますから、ドアをお閉め下さい」

 ただそれだけだ。

 ちなみにそのドアとは引き戸である。ついでに言えば手動型である。

 伊藤くんの出した結論はこうだ。

 その扇風機は一言でいえばエアーシャッターなのである。いつだったか初めてそれに触れた時、伊藤くんは随分不思議な気持ちがしたものだ。

 なぜこんな所に風が通っているのだろう。誰が涼しいんだろう。

 確かそんな風に思った。

 まるで見えない滝のように流れている空気の流動を肌で感じた瞬間に浮かぶ、ささいな子どもながらの疑問である。

 問いができて初めて人間は考え出すのだとは伊藤くんが常日頃感じている事だ。

 一見意味の無いものが、別の角度から見ると意味を持つ、そんな瞬間に出会った時、伊藤くんは生きている実感を感じるのだ。

 それは自分が、ではなく、他人が、であるというのは言い過ぎだろうか。

 入る時、迷惑だな〜。