労働者って何?

 社会人になると必ず関わる法律に労働法があります。この労働法が何を指すかにはいろんな解釈がありますが、例えば労働基準法もその一つです。およそ社会に出て労働する限りこの法律はつきまといます。

 ある意味では社会人にとって最も身近な法律と言えるかもしれません。アルバイトやパートタイマーの自分にはあまり関係ないなと思っている方もいるかもしれませんが、年次有給休暇(いわゆる有休)は、たとえ短時間のアルバイトであったとしてももらえます。

 労働基準法39条3項では、一週間の所定労働時間が30時間未満であり、その労働日が4日以下の者、もしくは週以外の期間によって所定労働日数が定められている場合には、年間所定労働日数が216日以下である者に、所定日数に応じて(6ヶ月から1年ごとに)最低1日から最高15日まで付与される事になっています。

 また、これに該当しない労働者には、通常の労働者と同じ日数の年休がもらえる事になっています。つまり、働きに応じて当然にもらえるわけです。

 でも、実際は守られてない場合もあるのではないかと思います。何も知らされずに辞めてしまったり、言い出しにくい状況があって泣き寝入りしたりする場合もあるでしょう。

 自分の権利を主張する事は、その職場で長く働く場合にはいくら法律で決められていたとしても、なかなか実行できる事ではありません。むしろ、法律を持ち出さずにトラブルを回避しようとするのが普通ではないでしょうか。労働を巡る紛争も結局のところはそういう所にあるのだと僕は思います。サービス残業をしてない会社が存在するとも思えません。

 それでも知っておいた方がいい法律知識もあります。例えば、通勤災害はどうでしょう?簡単に言えば、通勤中にケガをしたとして労災が認定されるかどうか、です。

 では、法律では「通勤」とはどういう規定になっているのでしょう?

 そんなの簡単だ、会社から自宅までの往復の事だと思う方もいるでしょう。確かにそれは正解です。しかし、それは同時に正解の一つでしかありません。

 労働者災害補償保険法第7条2項では、「通勤」とは労働者が住居と就業の場所との間を、合理的な経路及び方法により往復する事を指し、労災保険の保護を受けられる業務災害を除くものを指します。

 つまり、これはさっきの事を難しく言い換えたに過ぎません。

 では「住居」とは何でしょうか?

 それこそ自分の住んでいる所だと言うのが普通ですね。

 では、普段は家族のいる場所から通勤するけれども、一時的に別の場所から通勤する場合はどうでしょう?台風で家に帰る事ができずホテルに宿泊し、そこから出勤した場合は??これは認めてあげないとかわいそうな気がしますね。

 ではでは、知人の家に泊めてもらってそこから通勤した場合は??この辺りになると怪しくなってきます。

「就業」の場所とは、会社主催のイベントも含まれるのでしょうか?

 通勤経路にしても、例えば会社帰りに飲みに行き、カラオケボックスに寄って帰れば労災と認定されない事は分かりそうですが、ではキオスクでタバコや飲み物を買った場合は?駅のトイレを借りただけで経路から外れてるなんて言われたらたまらないですよね。

 でも独身の人が帰りに定食屋で外食をする場合や日用品を購入する場合はどうでしょう?また怪しくなってきました。託児所に寄ったら通勤にあたらないと言われると正直腹が立ちませんか?

 もちろん法律はそんな理不尽な規定にはなっていません。今ここに書いたような日常の行為として自然な行動は通勤に含まれます。

 こういった事を知っているかいないかで損をしている場合はありそうです。

 もちろんこのブログで僕が伝えたい事は単にどんな法律があるかといった知識だけではありません。もう一歩踏み込んで法律を使ってトラブルを解決するとはどういう事なのかを一緒に考えていきたいと思っています。その素材を提供するのが主眼なのです。

 さて、話の長いのが僕の悪い癖ですが、今回はそんな労働者の実際の争いについてご紹介したいと思います。

 <個別に労働関係にある労働者の境界線とは?>最高裁平成8年11月28日

 Xは、訴外A会社と運送請負契約を締結して、昭和58年9月頃からAの横浜工場において自ら持ち込んだトラックを運転する形態の運転手として運送業務に従事していたが、昭和60年12月に同工場の倉庫内で、運送品をトラックに積み込む作業中に負傷した。Xは本件事故による療養と休業について、労働災害補償保険法(以下、労災保険法)所定の療養補償給付等の支給をY労其署長に請求したが、YはXが労災保険法上の労働者にあたらないことを理由に不支給処分とした。そこでXは当該処分の取消しを求めて訴えを提起した。

 これはどういう訴えでしょう?もう一度読んで自分なりに考えてみて下さい。

 少し違うかもしれませんが、例えば個人タクシーというのはお客さんを運ぶ仕事です。運べば運ぶだけお金がもらえるはずです。で、その仕事中にもしケガした場合、この個人タクシーと契約している親会社が労災と認めて補償するかどうかというのに似ていると思います。結局、親会社が認めなかったからドライバーさんが訴えたわけです。

 ではなぜ認めなかったのでしょう?

 まっ、単純にお金を払いたくないのかもしれません。でも裁判になる以上、そんな理由だけでは負けてしまうでしょう。そこには何か客観的で明確な根拠が必要になるはずです。

 本件の場合で言えば、運送会社がどの程度運転手に任せていたか。つまり、どれくらい運送会社の管理の下で働いていたか。個人営業との境界線をきちんと決めないとどちらも納得しないわけです。

 より具体的に言えば、「倉庫から運送品を積み込む際のケガ」は、「運送会社の管理内での作業」と言えるかどうか。ここに争点がある事になります。

 第一審(横浜地裁平成5・6・17)は以下のような判断基準を提示しました。

 1.労災保険法の適用を受ける労働者は、同法が労働基準法第8章「災害補償」に定める使用者の労災補償義務に関わる責任保険であることから、労働基準法の労働者と同一と解すべきである。

 2.労働基準法上の労働者は使用従属関係の有無によって判断され、その有無は諸般の事情を総合的に考慮して判断される。

 では、労働基準法上の「労働者」とは?

 労基法第9条:この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいうとなっています。

 だから、単に事業で使用されていると認められた者ならたとえ離れた場所にいても補償されるわけですね。

 AのXに対する業務遂行に関する指示や時間的場所的拘束は、請負契約に基づく発注者の請負人に対する指図やその契約の性質から生ずる拘束の範疇を超えるとして、Xの労働者性を肯定しました。つまり、補償したれよと言ったわけです。

 ところが続く第二審(東京高裁平成6・11・24)判決では、第一審と同じような一般論を展開しつつも、

 労働者かそうでないかの判断が難しい事例については「法令に違反していたり、一方ないしは双方の当事者(特に働く側の者)の真意に沿うと認められない事情がある場合は格別、そうでない限り、……できるだけ当事者の意図を尊重する方向で判断するべきである」としました。

 さらに本件については、Xが労働者でないことでガソリン代等の運送経費や事故の損害賠償責任を負担し、就業規則の適用がなく、福利厚生の措置もなく、労働保険や社会保険の被保険者とされない等、Aの側で報酬以外の労働費用やトラックを所有した場合の経費等が節約される分、報酬も従業員運転手より多額であり、そのまま一つの就業形態として認めるのが相当として、Xの労働者性を否定したYの処分を適法としました。

 つまり、あんたは十分一人でやっていけてるんだから補償しないよとなったわけです。当然、Xさんは上告しました。

 これに対し、最高裁は上告を棄却しました。つまり、補償しなくてもいいと言ったのです。理由は以下の通り。

 1.Xは業務用機材であるトラックを所有し、自己の危険と計算の下に運送業務に従事していたものである上、Aは運送という業務の性質上当然に必要とされる運送物品、運送先及び納入時刻の指示をしていた以外には、Xの業務の遂行に関し、特段の指揮監督を行っていたとはいえず、時間的、場所的な拘束の程度も一般の従業員と比較してはるかに緩やかであり、XがAの指揮監督の下で労務を提供していたと評価するには足りない。そして、報酬の支払方法、公租公課の負担等についてみても、Xが労働基準法上の労働者に該当すると解するのを相当とする事情はない。

 2.Xは専属的にAの製品の運送業務に携わっており、同社の運送係の指示を拒否する自由はなかったこと、毎日の始業時刻及び終業時刻は、右運送係の指示内容のいかんによって事実上決定されることになること、右運賃表に定められた運賃は、トラック協会が定める運賃表による運送料よりも1割5分低い額とされていたことなど……を考慮してもXは労働基準法上の労働者ということはできず、労働災害補償保険法上の労働者にも該当しない。
 こうやって具体的に基準を明確にしていくのが判例の役割とも言えそうです。つまり、Xが一般のトラック運転手と比べてどういう待遇を受けているかが認定の基準とされたのですね。

 これも知識の一つと言えば、それまでですが、どうやって判決が下されるかと言えば、あくまで双方の利益を考えつつ、妥当な結論を導くのが裁判所だという事は知っておいた方がいいでしょう。

 たとえ、理不尽な判決に見えても、これが後の判決の類似事例の参考になりうると考えると判例というのはなかなか責任の重いものである事が分かって頂けると思います。