ひっさびさの伊藤くんのひとりごと

60
 伊藤くんはパソコンの前に立っている。いや、正確にはMacを前にして座っている。もっと正確に言えば、ノート型のマッキントッシュを机の上に置き、傍らに置かれたマウスに右手を置き、左手は肘掛けに乗せたままイスの上でくつろいでいる。

 日本語は曖昧だ。

 いや、僕の文章がより具体性を欠くという方が妥当なのだろうか。

 このようにこの小説もどきは作者の視点が意図的に作品世界に混入するのが味だった、と記憶しながら今書き始めている。当初、三部作で完結する大長編を意図しながらも、構想までに実に5年という歳月を要したこの作品も気がつけば、いつの間にか気まぐれ更新にかこつけて書く事から逃げていた。そう、吾輩は書く事から逃げていたのである。

 この間、吾輩にはいろんな事があった。クドカンの初の昼ドラ「吾輩は主婦である」にハマりつつ、オダギリジョーの異色ドラマ「時効警察」にハマり、女王の教室スペシャルに涙しつつ、ゲームセンターCXで有野の挑戦に深夜にも関わらず歓声を上げ、海猿を観て、デスノート、トリック、嫌われ松子の一生タイヨウのうたブレイブストーリーを観るという多忙を極めた。さらにワンセグ携帯を持ってからというもの、番組チェックにも余念が無く、新しいブログも開設しちゃったりなんかしちゃったのである。主婦かお前は。ついでにゲームなんかもしちゃったりしてます。小学生か。

 つまり、吾輩は娯楽の伝道師としての役目を立派に忠実に誠心誠意こなした結果、息抜きとしての娯楽がまるで山積みになった仕事のように次から次へとこなさなければいけないという本末転倒の結果、自称さえも変わってしまったのであった(単に昼ドラのパクリやん)。

 さて、吾輩の近況報告などどーでもいいのであるが、久しぶりだったのでついついな。

 な?
 
 実に馴れ馴れしい。

 ここは「ね?」くらいにすべきではないだろうか。

 少なくとも貴重な時間を割きながら、この戯言にここまでお付き合い下さってる方に失礼ではないか。

 それはともかく伊藤くんの話である(訂正しないんだ)。

 吾輩がブログ更新をさぼっている間にも伊藤くん達の生活はもちろん進んでいる。そう言えば、ヒット数を稼ぐために今流行りのタレント名を使ってみたり、パクリもどきの後輩キャラまで出していたような気もするが、そんな姑息な作者の思惑とは無関係に話は進んでいるのだ。ついでに更新してくれたらもっと楽なんだけど。

 久しぶりに親戚の子どもに会ってみたら、自分の背丈を超えていたみたいな悲劇のような笑い話である(何が?)。

 さらにさらに久しぶりに田舎のばあちゃんに会ってみたら、どちらさんですか?と真顔で聞かれるような悲しみもある(もう何が何だか分からない)。

 うーむ、一向に話が進まない。このままでは一向一揆なんか起きたりしないかも(先に落ちてどうする)。

 さて、伊藤くんはゲームを始めようとしている。

 あっ、始めた(実況か、おい)。

 画面は名前入力から主人公キャラの設定に変わる。このゲームは何をしても自由というのが売りである。何をしてもいいからといってイナバウアーとかはさすがにできない。このネタすでに賞味期限切れ、しかもそんな事をしても意味が無い。

 画面の中にナビゲーター役の妖精が現れる。

「ようこそ、このワールドへ」
 随分、アバウトだな。
「あなたはこの世界に導かれし冒険者、伊藤くんよ」
 伊藤くんって入れたんだ(作者)
「何かご質問は?」
 おお。

 そうなのである。思わず伊藤くんが声をあげたのは、このゲーム人工知能とやらで会話を楽しむ事ができるのである。

 伊藤くんは早速キーボードでセリフを打ち込む。

「なかなかかわいいですね」
「何が?」妖精の返事は意外に早い。そして冷静。これも人工知能の成せるだろう。
「あなたが、です」
「句読点の位置が不適切です」
「あなたがです」
「私が?」
「はい」
「本当にそう思っているのですか?」
「どういう意味ですか?」
「あなたはかわいいという自分をかわいいと思っていませんか?」
 そんな内面的に攻撃されても…。ここはとぼけてみようかな。
「えっ?意味が分からないのですが」
「無理に分かろうとしなくてもいいです。では会話の知的レベルをもう一段下げます」
 おいおい。
「あなたはかわいいというじぶんがかわいいとおもっていませんか?」
 単にひらがなに変えただけじゃん!もうそれいいよ。
「お名前は?」
「女性に名前を聞く時はまずご自分から名乗りませんこと?」
 いや、そんな良家のお嬢様風に小首かしげられても…。しかもすでに知られてるし。
「わたくしが言っているのは下の名前の事です。小太郎」
 えっ?今こっちの思考読んだ?小太郎って誰?
「あなたの考えている事くらい分かります、愚民ども」
 愚民?しかも複数形?
「どうしたのですか?陛下の御前ですぞ!こうべを垂れなさい」
 キャラ違うんですけど。しかも展開早っ!
 仕方なしに画面のマイキャラにしゃがみ動作をさせる。遙か上の段に王様と呼ばれたキャラクターが荘厳な姿で見下ろしている。
「おお、伊藤くんよ。遠路はるばるお越し下さいましてありがとうございます。当店の営業時間は朝7時から夜11時までとなっております。どうぞお時間の許す限り心ゆくまでお買い物をお楽しみ下さい」
 はぁ?何でデパートになってんの?しかも開店早っ!何屋だよ!
 画面の中の王様がじろりと睥睨する。注:へいげい=横目でにらみつける事。いや、目線合ってないですけど。
「何か?」
「いえ」
「生徒が教師に逆らうなどとんでもない事です」
 いつから教師で生徒なんだ?
「イメージできるぅ?今の日本は飽食の時代なんです。世界にはその日食べる物さえろくに無い人もいるのに、あなたがた日本人は食べきれなくなったらすぐに捨てる」
 いや、関係ないですけど。で、なに人?
「いい加減目を覚ましなさい!6年生にもなってまだそんな事も分からないの?」
 大学生なんですけど。
「学級委員なにしてるの?黒板が汚れています、早く拭きなさい」
 いねーよ!
 性別不明の王様に罵倒されながら、伊藤くんの長い旅はおそらく始まるのであった。

<小説のお時間>〜伊藤くんのひとりごと

59
 駅のホームに立っているといろんな人間がいる事に気づく。
 柱の両側に吸い殻入れが立っている。
 その両側からちょうど同時に吸い殻を捨てようと身をかがめる人がいる。
 この時偶然にもMという人文字ができた事は多分伊藤くんしか知らない。
 そんな偶然が伊藤くんは好きである。
 日常のちょっとした瞬間に垣間見る不思議空間。
 きっと伊藤くんが気づいていないそんな空間がいくつも存在しているのだろう。
 このブログでも何回か紹介しているだんご三兄弟で有名な佐藤雅彦さんは『毎月新聞』というエッセイ本の中で不思議な感覚について語っている。
 それはゴミ袋の入っている袋の中から最後のゴミ袋を取り出した瞬間、今まで入れ物であったゴミ袋袋が(ややこしいな)ゴミに変わってそのゴミ袋の中に捨てられるという内と外が逆になる感覚について、である。
 これと似たような経験を伊藤くんもした事がある。
 
 先日、財布を買った時の事である。
 その不可思議な感覚はレジに向かった時に起きた。
 財布を買おうとレジに差し出し、財布を取り出したのだ。
 つまり、今この空間には財布が二つ存在している。
 財布を持っているのに財布を買うというのは、鞄を持っているのに鞄を買うようなものである。靴を履いているのに靴を買うような違和感。
 さらにこの違和感は中身を移し替える時に増大する。
 お金を右から左に移し替える行為そのものに眩暈すら覚えそうになる。
 今まで毎日のように使っていた財布が、途端に「古い」財布に変わってしまうのだ。
 さっきまで「古い」とも「新しい」とも思っていなかった感覚が急に浮上する。
 特に意味を持たなかったものが、ある物と相対されると明確に意識される。
 止まっていると思ったのものが、実は同じスピードで併走していると分かるにはズレというものを認識しなければいけない。
 隣接している電車がズレた時、動き出したのはこちらか向こうか。
 その立ち位置を認識した瞬間、感覚や意識が変わる。
 そんな刺激にいくつ出会えるか、そう思いながら伊藤くんはいつも心のアンテナを立てている。
 
 改札口で切符を入れてはしゃいでいる子どもを見かけた。
 大人がはしゃがなくなるのは羞恥心よりも、物事に対して刺激を覚えない事にあるのかもしれない。
 では刺激を求めるにはどうすればいいかと伊藤くんは考える。
 それは考え方を変える事ではないだろうか?
 年を取れば物事に対して自然と予測を立ててしまう。
 もちろんそれが悪いというわけではない。
 時と場合によるだろう。
 あくまで危険が及ばない範囲で、の話である。
 いろんな人の気持ちや視線で見てみるというのが大事かもしれない。
 
 例えば、町にある広報の掲示板。
 至るところにあるこの掲示板には様々な催し物が貼られている。
 この掲示板は一体いくつあるのだろう?
 少し町を歩いてみると思いの外、いろんな場所に点在している。
 そこで伊藤くんはふと思う。
 この一つ一つに仕事とは言え、貼り変えている人がいる。
 例えば、その人の気持ちや視点に立ってみる。
 もちろん担当している人は複数かもしれないが、その人は点在する掲示板の位置を地図にでも書き込んで巡回している。
 きっと初めは掲示板の位置を覚えるのが大変だっただろう。
 そのうち、その掲示板のキズやよくいたずらされる場所など、段々自分なりに見る範囲が広がっていくに違いない。
 伊藤くんが見る掲示板はどれもただの掲示板だけど、見る人によっては全く違うかもしれない。
 自分の知り合いがそのポスターを貼っていると知ったらきっと剥がれていないか毎日そばを通りながら気にするだろう。
 
 物の見方が変わった時に感じるのが刺激である。
 初めて見たり、触ったりした物から受ける感覚。
 慣れというものは恐ろしい。刺激の天敵である。
 携帯電話を初めて触った時、人から初めてメールを受けた時、ブログを初めて公開した時、その感覚を人はいつしか忘れてしまう。
 常に新しい物に触れるというのも大事な事かもしれない。
 但し、「新しい」というのは何も最新の物という意味ではない。
 正確には自分の知らない物に触れるという事だ。
 「自分にとって新しい」という意味だ。
 そして、自分にとって新しいと思えば、たとえそれがよく見知った物でも違って見える。
 先ほどの掲示板もそうだし、昔読んだ本が全く違った意味に解釈できたりする。
 例えば若い頃に読んだ時は、若い主人公に感情移入していたのに、年を取るにつれ、自分の年齢に近い者に急に親近感を覚えるのも一つの新しさだろう。
 伊藤くんの心の独白は長い。
 ほとんど理想―いや、妄想ではないか。
 大体、そんな事を考えてホームに立っている奴など伊藤くんの他にいるだろうか?
 
 そう、伊藤くんはまだホームに立っている。
 駅というのは通過点である場合が多い。待ち合わせや時間つぶしでもしない限り、なかなか長時間いる事は無い。特に朝のホームというのはその傾向が強い。
 人の入れ替わりが激しい。
 毎日、乗車する位置は大抵決まっている。
 乗る時間も、見る顔ぶれも大体似通ってくる。
 慣れだ。
 だから、たまには乗車位置を変えるのもいいかもしれない。
 伊藤くんはホームに入ってくる電車を眺めながら、慌てて列から離れたりするのだった。
 きっと周りには不思議な感覚を与えた事だろう。

毎月新聞

毎月新聞

<小説のお時間>〜伊藤くんのひとりごと

58
「先輩は何学部なんですか?」
 前回から急に現れた新キャラこと中松奈々子(実に安易な名前だ)がきらきらした目で質問する。この物語ではナナちゃんと呼ぶ事にする。いや、すでに呼んでるし、物語という程ストーリーは無いけど。
 先輩という響きはなぜかグッとくるものがあるのは伊藤くんだけだろうか。この場合もその呼称を自分の事だと解釈した伊藤くんがいち早く答える。
「僕は法学部。カズは社会学部だよ」
「うそっ、私、法学部なんですよ〜。で、愛は文学部だよね」
「へ〜。校舎近いね」
「ですね」
「何で?」
「愛、知らないんだ?法学部と文学部の校舎は共有なんだよ」
「ああ、そうなん」
「ちなみに洋子が文学部だな」
「よーこ?」
「ああ、うちのメンバー山口洋子の事さ」
「せ、先輩とその人って何か関係あるんですか?」
「えっ、別にないけど何で?」
「いえ、いいんです。そうですよね〜、サークルメンバーですもんね〜」
 初対面の人間を前に呼び捨てはさすがにまずいだろうと思うが、それがカズなのだと心でフォローする伊藤くんである。
「他の人達はいつ来るんですか?」
「さっきまでいたけど、今日はもう来ないかもな」
「残念〜」
「じゃ、今度歓迎会兼ねて食事でも行こうか?」
「はい!」
「あんた、目からきらきら光線出てるで」
「きらきら光線?」カズが愛に聞く。
「この子な、好きな男見るとすぐ光線出すねん」
「ちょっと、もう〜、やめてよ。やだ、愛ったら」
「そうか伊藤の事が好きなんだ」
「へっ」
 一堂の空気が止まる。これがちびまる子だったら、顔に線が入っているところだ。
 それがカズであると伊藤くんは心でフォローする。
「良かったな、伊藤」
「よくない、よくない」
「えっ?」
「ああ、いやこっちの話なんで気にせんといて下さい」
「あ〜、今流した?何かショック」
 ショックなのは僕なんですけど。何か凹むな。
「カズさんって、天然って言われません?」
「別に言われた事ないけど、どっちかと言うと洋子がそうかな」
「うん、まあそうかな」伊藤くんも話を合わせる。
「この前も冷蔵庫に入っているもずくとコーヒーゼリーを間違えたとか言ってたよ」
「もずくとコーヒーゼリー?」ナナコンビがまなかなのように声を揃える。
「ほら最近プラスチックの容器に入ったもずくあるじゃん。あれが冷蔵庫の奥にあったんだってさ」
「プラスチック?プラスティックじゃないんですか?」
 おいおい、ひっかかりはそっちか。
「関西ではプラスチックって言うんだよ」
「ええ、そうなんですか?愛、そうなの」
「ん?そうやね。確かにそう言うな」
「洋子は実家だから、親が買ってきたんだろうな」
「先輩、詳しいんですね」
「まあ、俺もたまにもずく買うからな」
 いや、そういう意味じゃないだろ。
「洋子さんの家に行った事あるんですか?」
「無いけど」
「ほんとに?」
「無いよ」
 空気が重い。話を変えなければ。
「似てると言えば、たぬきとむじなの違いって分かる?」
「えっ?」ナナちゃんが反応する。
「さあ〜、見た事ないしな」カズには空気の重さが伝わっていないようだ。
「僕も無いけどね」
「それがどうかしたんですか?」愛が切り返す。
「むじなと思って捕まえた人が、実際は狩猟を禁じられていたたぬきだった為に裁判になった事件があるんだよ」
「へ〜、そんな事件があるんですか?」ナナちゃんが光線を20%くらいこちらに向ける。
「これが実際の判旨なんだけどー」
「うわっ、先輩ハイテク」
 ナナちゃんは伊藤くんのPDAに驚いているようだ。
「何これ漢文みたいやん」愛が画面を覗き込みながら声をあげる。
「大正時代の話だからね」
「で、この人は有罪か無罪かどっちだと思う?」
「いきなりクイズだ。いつもこんな感じなんですか?ちょっと面白い〜」
「まっ、大体いつもこいつはこんな感じだな」
 お前もいつもそんな感じだけどな。
「さあ、中松さんはどう思う?」
「中松さんなんてやめて下さい。ナナでいいですよ」
 著作コードにひっかからないのだろうか。
「じゃあナナちゃんはどう思う」
 呼ぶのか、おい(by作者)
「何か法学部って感じですよね〜」
「質問に答えてないやん」
「愛はどう思うの?」
「そやね〜。その間違いが仕方無いんやったら無罪かな」
「もずくとコーヒーゼリーくらいの違いだったら?」
「それは全然違うやん。でも、本人にとって同じと思った理由があれば、ある程度は認めてあげてもいいちゃうかな」
「で、どうなんですか?」
「おっ、逆アップだ」カズが笑いながら茶化す。
「結局、学問上の見地からも同一の動物と認定されたから無罪となったんだよ」
「錯誤と故意の阻却の話なんだけど、いずれ習うと思うよ。簡単に言えば、勘違いの境界線をどこに引くかで有罪か無罪かを決めるという事だよ」
「先輩やっぱ法学部ですね〜。何かすごい!」
「あんたまた光線出てるで」
「私、ウルトラマンじゃないもん」
「はいはい。ある意味必殺技で落としてるやん」
 ちょっと落とされたいかも。
「もう、愛ったらひどい」
ウルトラマンと言えば、昔楳図かずおが書いてるやつがあったね〜」
「えっ、先輩ホラー好きなんですか?」
「うん、好きだよ。あと伊藤潤二とか」
「あっ、私も。うずまきとか富江とかすごいですよね〜」
「まるで同じ穴のむじなだな」カズがぼそっとつぶやく。
「でも洋子はホラー苦手だったな」
「えっ?」
 戻すな、戻すな。
 けれども、それがカズだと伊藤くんは思う(三度目)。
 さて、次回洋子さんは現れるのでしょうか。そして、ナナちゃんの恋の行方は?
 そんな話なのか、これ。(多分つづく)

うずまき (1) (スピリッツ怪奇コミックス)

うずまき (1) (スピリッツ怪奇コミックス)

富江―The complete comics of Tomie

富江―The complete comics of Tomie

<小説のお時間>〜伊藤くんのひとりごと

57
 何だかつまらないと僕の脳内編集長はつぶやく。
 このままじゃ部数も伸び悩みですねと能なし社員がさらにかぶせる。
 そこで窮地に立たされた僕は、打開策を試みる。
 つまり、登場人物を増やしてみてはどうかという議題がここに来て浮上したのである。
 しかし、この議題は新たな問題を提起する。
 お前の拙い筆力で人物を描ききれるのかという極めて当たり前の結論にぶつかってしまうのだ。
 だけど、男女平等という点からすればこのお話は少し不公平ではないかという考えが頭をもたげる。
 女性一人に対して男性三人という構成は、合コンなら明らかに不成立である。
 合コンではないからいいではないかという意見もあるが、正直物語としては登場人数が少ないので盛り上がらない。
 その回避策、もしくは言い訳としてパクリの新畑任二郎や生協の黒岩さんを登場させるという姑息な手段に出たのであるが、それらは所詮場つなぎでしかないのが現状だ。
 以上のような朝まで生討論並みの紆余曲折を経て、ここはやはり登場人物を増やそうという結論に至った。
 こうなったら、読者が覚えきれないくらいの水滸伝並みの登場人物を出してやれという邪な気持ちになってくるから僕という人間は全く不思議な精神構造である。
 ここで自己の特異性について五万文字ほど語ってもいいのであるが、すでにここまでついてきて下さった方もいないわけではあるまいから、それは後に回そう。
 だから、今日は新キャラ誕生編で筆を進めようと思う。

「すいませーん。ここって何のサークルですか?」
 甘い声が突然頭上で響いたので伊藤くんは眠りの世界から現実に引き戻される。
 食堂の喧噪が意味の無い旋律を繰り返し、単調なリズムが睡魔を召喚し、彼を誘っていたのだ。
「ん?」
「あっ、ごめんなさい、起こしちゃいました?」
「って、思いっきり寝てはったやん!あんた相変わらず無神経やな〜」
 なんだなんだ。
 伊藤くん、いきなり飛び込み参加の漫才コンビに頭がついて行かない。そう言えば、他のメンバーはいつしかいないようだ。
「だって菜々子的にはオッケーと思ったんだもん」
「何やそれ?これやから東京もんはあかんねん」
「あ、あの〜。僕に何か用?」
「あっ、すんません、あたしら一回生のもんですけど。これ見てきましてん」
 茶髪の大阪弁の女の子がチラシを差し出す。大塚愛に似て、目は細めだがそれなりにかわいい。ただ格好が少し派手だと思う。
「そうなんですよ〜。アイデア発想クラブって何か変わった名前だなと思って」
 甘い声の正体は目の大きなヒトシが一目で萌えそうなアイドル顔の女の子だった。こちらは春らしい白で統一された服装をしている。
「ああ、入部希望?」
「とりあえず内容だけでも聞こうかなと思って」
「そやねん。他のサークルはどこもありがちやけど、そんなん興味無いし、勧誘してないのここくらいやからかえって気になりまして」
 そう言えば、勧誘してないのはうちくらいかもしれないなと思いながら、うなずく伊藤くんである。
「とくに活動らしい事はしてないけど。まあ変わった事とかどうでもいい事をだべっているだけのサークルだよ」
「何人いるんですか?」
「僕を入れて4人」
「何回生の人がいるんですか?」
「みんな2回だよ」
「男性は?」
「おいおい、何の目的やねん!」
「いいじゃない。青春、青春」
「あんたの場合、字が違うんちゃうの?」
「そんな事ないもん。そりゃあ、高校の時とかいろいろあったけど、新しいキャンパスライフを楽しまなきゃ、あっという間におばあだよ」
「まだ早いわ!」
「大学生活なんてドッグイヤーだってテレビで言ってたもん」
「毒されすぎや!」
「でも4年なんてすぐよ。短大の子なんて来年はもう就職だもん。社会に出たら結婚なんてすぐだしー」
「あ、あの。ちょっといいですか…」高校時代にいろいろあったんだと思いながら、割って入る伊藤くんである。
「あっ、すんません。あたしらほっといたらずっとこんな感じやから、で、何でしたっけ?」
 質問したのはそっちだろうが。
「男性3人、女性1人です」
「わお〜、すごい。トリプルAじゃん」
「何それ、意味わからへん。人数全然足りてへんし」
「僕は伊藤って言いますけど、お二人名前は?」
「私は中松奈々子。通称ナナで〜す」
「うちは鬼塚愛や」
 パクリやん。
「えっ?今何か言いました?」
「いえいえ、こっちの話です」
「あっそ。この子、マンガ好きやねん。ナナって知ってます?」
「うん。この前、みんなで観に行きました」
「へ〜。私あのマンガ大好きなんです」
 語尾につねに小さい「う」を入れて表現したいような甘えた声で話すナナちゃんである。
「あっ、僕らもマンガの話ばっかりしてるよ」
「そうなんですか。わ〜、嬉しいな」
「で、どうする入るん?」
「どうしようかな〜。他の人ってどんな感じですか?」
「結局、男かいな」
「そんなつもりで聞いたんじゃないもん。何となく気になるじゃん。誰に似てるとかあります?」
 カズは別格として、ヒトシは電車男とは言えないな。
「まあ、それは会ってからのお楽しみという事で」
「愛はどう思う?」
「うちは別にどっちでもいいけど、まあ何かのサークルには入りたいなと思うんよ。でも運動苦手やし、あんまり暗いサークルもな〜」
「どうかしたのか?」
 カズが伊藤くんの隣に座る。
「いや、この子達が入部しようかどうか迷ってるみたいでさ」
「あの、失礼ですがこちらのサークルの方ですか?」
「そうだけど」
「お名前は?」
「所山一樹。ここではカズって呼ばれてるけどね」
「私、入ります」
「はやっ!やっぱ男―」
 ナナちゃんが慌てて愛の口を手で押さえる。
「で、どうすればいいですか?」
「いや、あの」
 伊藤くんはドタバタしている愛が気になる。
「特に入部届けのようなもんないよ」
「ホントですか?じゃ、今から私たちここにいてもいいですか?」
「ああ、別にいいよ。なあ、伊藤?」
「うん。いいよ」
「やった〜!」
「ちょっと、あんたいい加減離しーや。全く力だけは強いんやから」
「早速、自己紹介しま〜す」
「あんた、張り切りすぎやで、合コンちゃうねんから」
 まるで、リアルナナコンビを見ているような錯覚にとらわれながらも、伊藤くんはこれからどうなるんだろうと心の中でつぶやく。
 そして、それ以上に行き先を心配しているのが作者の僕であった。

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小説のお時間しか更新してないよな〜伊藤くんのひさびさのつぶやき

56
「閉店セールとうたいながらいつまで経っても閉めへん店ってあるよな〜」
「あっ、あるある。うちの近所のケーキ屋さんにね、いつ行っても半額のブランデーケーキがあるんだけど、それと同じね」
「スーパーなんかで値札にわざわざ訂正してプライスダウンするようなもんだね」
「中には原価を割ってる物もあるだろうけどな」
 
 というような不毛な会話の発言主が特定できる人はこのブログを読み続けて下さっているありがたい方である。
 古典の時間で習った方もいらっしゃるだろうが、ありがたいとは元々「ありがたし」という古語に由来するもので「有り難し」つまり、有る事が難しいというところから、めったにない、珍しいという意味になり、そのような大層な物を頂く際のお礼の言葉として「ありがとう」という言葉が生まれたとされる。
 つまり、ここで言う「ありがたい方」というのは「レアなお客様」という事であり、そのような奇特な読者の皆さんに対する感謝の意味も込めている。
 
 相変わらず話が回りくどい。
 
 時々、壊れっぱなしのラジオのように一方的に話し過ぎて、あきれを通り越して感心さえされてしまう僕である。
 どうやら僕は電波を拾いやすい体質のようで周りの怪電波を次々にキャッチしては口から言葉を発してしまうようだ。
 知らない事以外なら何でも知っている僕である。
 そして伊藤くんもまた話の長さでは万里の長城を超えるギネス並の記録を誇るのである。
 国語の記述問題で毎回、違う意味で字数に悩まされるのが伊藤くんである。
 その代わり、作文は得意である。
 得意というか単に長く文章が書けるという事だが、この能力が大学では意外に役に立つ。
 同じ内容でも短い文章と長い文章では何となく長い文章の方が勉強しているように見えるのだ。
 冗漫な文章より簡潔な文章が好まれるのもまた事実だけど、それらしく文章にトッピングを施す職人芸はこの学生の窮地を救ってくれる。
 同じ主張も形を変えて繰り返す事で説得力が増すのは、論理的な文章では定石だ。
 特に伊藤くんは小学校や中学校では作文で誉められる事が多かった。しかし、伊藤くんにとってはそれがなぜ誉められるのかがよく分からなかった。もちろん誉められて悪い気はしないけれども、例えば友達に作文を写させて欲しいと言われた時は、そんな面倒な事をするくらいなら自分で書けばいいのにと思ったものだ。
 もっとも書けないからすぐに盗作と見破られるような暴挙に出るのだろうが、もしも伊藤くんが他人の文章を転用してもそこから想起される妄想が全く異なる文章となって紙の上をのたうち回るだろう。
 作文が苦手な人というのはそもそも文章に対して無防備なので、そのままコピーバンドのように再現してしまう。
 ところが文章というのは転記するだけなら誰でもすぐにマネできてしまうのだからやっかいだ。
 時に巷を騒がす盗作疑惑も傍目にはなかなか気づきにくいものなのである。
 しかし、思想だけはマネる事ができない。
 大学の授業でレポートの提出を求めたところ、大学教授さえ舌を巻くような詳細な内容のレポートがあったが、論旨がめちゃくちゃでコピー&ペーストが一目瞭然であったという笑えない話がある。
 加工技術があるという事は内容を理解できるだけの能力が無いとできない。ただ接続詞や語尾を変えても分かる人には分かるのである。模写のようなものだろうか。
 大学の授業で求められるものは新しい学説ではなくて(そもそも習いたての学生が思いつく事などとっくの昔に誰かが考えているものだ)、いかに他人の意見に賛同し、否定するか、その論理能力を見るものなのである。
 アイデアも同じだ。新しいアイデアが突然変異で生まれる事はめったにない。
 何かの発明品は何かの応用であり、既存の商品の対極にあったりするものだ。
 以上、全くありがたくない話であった。
 話を巻き戻してみよう。
 リピートアフターミー。
 ついてきてどうする。
 いや、ついてきて下さい(懇願・哀訴)

「でもそれだけで購買意欲が刺激されるのよね〜」
「そうそう、ワゴンセールってだけで買いたくなるのは不思議やな」
「うん、分かる分かる」
 お前の場合は中古ソフトの事だろうと伊藤くんは心の中でヒトシにつっこむ。
「今時、定価なんて本くらいのもんだよな」カズが思いついた口調で話す。
「ほんまやな」
「たまにオープン価格の本もあるけどね」
「でも本の場合はブックオフとかあるじゃない」
「俺、古本は苦手。図書館も好きじゃないし。作家泣かせだしな」
「僕も古本屋は苦手かな。本の墓場みたいな感じがするし」
「マンガは立ち読みできない店が多いけど、本の立ち読みは可能なのも珍しいな」
「何で?」洋子さんがカズの顔を見る。
「だって商品を開封してるようなもんだろ。速読できる人ならロハで読みまくれるじゃん」
「イロハ?」
「ロハだよ。漢字で只って書くだろ。つまり無料って事さ」
「何それ、今作ったの?」
「いや、辞書にも載ってるよ」
「うそ〜。漢字で凹むって書くのと同じくらいチャーミングね」
「チャーミング?うわっ、久しぶりに聞いたな。ずっこけるとかすっとこどっこいといい勝負だ」
「じゃあじゃあ、おうとつを漢字で書いてテトリスって読ますのはどう?」
「てゆーか、テトリス自体もう死語の世界やん」
「ヒトシまた温度下げたな」
「そうかな」
「そうだよ、今は数独らしいぞ」
「あっ、僕持ってるよ」
 その言葉に洋子さんが反応する。
 伊藤くんが鞄から取り出したのはやっぱりお気に入りの任天堂DSだ。
「これってどうやるの?」
「縦と横の列に1〜9までの数を重複しないように記入するんだよ。さらに太線で区切られた3×3マス目の中に同じ数が入ってもいけないんだよ」
「うわっ、難しそう」
「欧米では大ブームらしいよ。脳を鍛える大人のDSトレーニングの海外版には収録されるんだってさ」
「イラストロジックの数字版だな」
「これって何問くらい入ってるの?」
「300問だよ」
「1問にかかる時間はどれくらいなん?」
「最低でも30分くらいかな〜」
「かなり遊べるやん」
「本なら見かけた事があるけど、DSならではの利点とかあるの?」
「あるよ。消しゴムがいらないから手も台紙も汚れないし、何より四隅に候補数字を仮置きできるよ」
「えっ?このマス目の四隅って事?」
「そう」
「こんな小さいマス目の四隅に?」
「うん。でも実際この仮置きが無いと判断の手がかりが少なすぎて解けないんだ」
「へ〜、そういうものなんだ」
「やってみれば分かるよ」
「ちょっと借りていい?」
「いいよ、やり出したらとまらないかもね。でもプレイしすぎると頭が痛くなるからほどほどにね」
「数字アレルギーの克服に役立ったりして」
「計算能力は必要無いけどね」
 実際は300問も解かないうちに飽きる人が多いだろうなと伊藤くんは思う。きっとそれも計算の内だろう。

Puzzle Series Vol.3 SUDOKU 数独

Puzzle Series Vol.3 SUDOKU 数独

<小説のお時間>〜伊藤くんのひとりごと

55
「これってどんなゲームなの?」
「自分が動物の村の住人になってスローライフを楽しむ作品だよ」
 洋子さんは今、任天堂DSで『おいでよ どうぶつの森』をプレイしている。画面の中では二等身のキャラクターがゆっくりとした歩調で村の中を散歩している。
「このゲームの目的は何なんや?」
 関西弁のタヌ吉が質問する。
「目的は無いよ。あえて言えば何をしてもいいというのが目的かな」
「そんなゲームがおもろいんか?」
「それはその人しだいだよ」
「へ〜。何かかわいいね、これ」洋子さんが声を上げる。結構楽しそうだ。
「服とか帽子は自分でデザインもできるんだよ」
「うそ、それってすごいじゃない」
「家具もカーペットもいろんなデザインがあるんだよ。しかも他人と交換できるし」
「えっ?これって通信機能とかあるの?」
「うん。Wi-Fiコネクションを使えばパソコンを通じて全国の人と遊べるよ」
「ええっ?全国の人と?」
「まるでネットゲームだな」
「元は64ソフトだったんだけど、その頃はもちろんネットなんてまだできなかったから、当時はメモリーカセットで交換してたんだ」
「そうか、そういうやり方もあるのね」
「でもこのゲームの面白さはそれだけじゃないよ」
「他にもあるんか?」
「そもそもこのゲームは家族で楽しむ事を目的に作られたんだよ。昼間に子どもが掲示板に書いたメッセージを夜遅くに帰ってきたお父さんが読んで返答する、言わば家庭内チャットのような役割もコンセプトに盛り込んでいたんだ」
「うわっ、それってもっとすごいわね」
「さらにこのゲームは実際の時間と連動しているから、季節や朝・昼・晩の区別があるというのも特長的だね。結果としてDS版は200万本を超す売れ行きにまでつながった。携帯機としてより身近に生活の中にとけこんだのが良かったんだろうね」
「そんなに売れてるの?」
「ゲームが子どもに影響を及ぼすという事は昔から言われて来たけど、こんなゲームだったらきっとコミュニケーションツールとして使えると思うな」
「でも子ども版出会い系サイトみたいな事にならないかしら?」
「パスワードを知っている者同士にしかお互いの村を行き来できないから大丈夫だと思うよ。もちろんそのパスをネットで仕入れているとしたらちょっと怖いけど」
「まっ、難しいとこやわな」
「『脳内汚染』って本知ってるか?」大して関心を示さなかったカズが尋ねる。
「知らんな」
「私も」
「僕も」と言いながら、伊藤くんはPDAで書籍データを検索する。
 文藝春秋岡田尊司という名前が出る。
「簡単に言えば、暴力的なゲームやメディアに幼い時に触れ過ぎると人格形成の上で良くないという事らしい」
「確かに洋ゲーの暴力性はすごいもんな〜」
「ボーリング・フォー・コロンバインで題材にされていた銃乱射事件も本に出てくるけど、確かにこれを読んでいるとゲームの影響を否定する事はできない。ただ大人になってからゲームをするのは異常だと解釈してしまうきらいはあるな。別にゲームでもマンガでも映画でもテレビでもいい作品はいっぱいあるのは今さら言うまでもない。人の痛みを思いやれる作品に触れる事で実際には体験できないような悲しみや優しさを考えられる子どもになる事はできると思うな」
「そうね。依存し過ぎるのはどうかと思うけど、ブラックジャックによろしくなんてちょっと踏み込み方がすごいもんね」
「要は自分の頭で考えへんようになったらあかんちゅー事やな」
「ただただ殺戮を目的とするゲームや現実の訓練に使用されるようなリアルなシミュレーターゲームはある程度規制が必要だろう」
「小説やドラマも最近はどんどん過激になってるしね」
「人生にはリセットボタンが無いというのは名言やな」
「でも脳を鍛えるソフトなんてのはそういうゲームにはあてはまらないんじゃない?」
「そうだね。でもただ前頭前野を鍛えておしまいというのも何かもったいない気がするね。せっかく脳のエンジンがかかっているのに後は冷却するだけみたいな」
「俺は伊藤みたいにデジタルと本に洗脳されてるのも怖いと思うけど」
「大事なのはインプットとアウトプットのバランスじゃないかな」
 洋子さんがフォローのつもりかカズの後を受ける。
「宝の持ち腐れってやつか」
「ネットゲームから抜け出されへんというのはちょっと分かるな〜」元祖秋葉系のヒトシが腕を組む。
「えっ?ヒトシってネットゲームとかするんだ」その口調は決して明るいものではない。
 伊藤くんが思うにヒトシのやっているゲームはきっと洋子さんの想像以上の物だろうと思う。
 見も知らない人達と一緒にゲームをするというのはいい事ばかりではない。
 それも人生勉強の一つだと思えるような判断基準ができるまではしない方がいいのかもしれない。
 何よりも伊藤くんにはこんなに素敵な仲間がいるのだから。

おいでよ どうぶつの森

おいでよ どうぶつの森

脳内汚染

脳内汚染

<小説のお時間>〜伊藤くんのひとりごと

54
「ねえねえ、伊藤くんって任天堂DS持ってるって本当?」
「うん、持ってるよ」
「じゃあ、脳を鍛えるソフトって持ってる?」
「あるよ、ほら」
 そう言って鞄から白い物を取り出す。
「うわ〜、こんなんなんだ」
「ライトじゃないけどね」
「ライト?」
「発売されたばかりの新機種さ」そう言いながら、洋子さんの手元にある上下に分割された画面を覗き込む。さすがのカズも現物を見たのは初めてのようだ。
「あれ、品切れらしいやん。今、中国は旧正月やし」
「何で中国が関係あるのよ?」
「中国で生産されてるからだよ」ヒトシの持ち出した知識はしっかりガードする伊藤くんである。
「そうなの?」
「うん。僕のは初期モデルだけど、ライトは少し軽くなって明るさも調節できるんだ」
「ああ、だからライトなんだ」洋子さんが納得する。
「でも任天堂の携帯機と言えばゲームボーイやわな」
「そう、1億万台を超す大ヒット商品はギネスものだからね。でもそのゲームボーイの後継機のDSはちょっと狙いが違うと思う」
「ペンタッチっていうのが斬新ね〜」
「本来そのDSには十字ボタンや丸ボタンすら付けないという考えもあったらしいよ」
「うそ。それって何かすごいわね」
「結果的には国内で1600万台も出荷されたゲームボーイアドバンスのソフトが使えるようにダブルスロット仕様になったんだけどね」
「何でそんなに人気なの?」
「ユーザーの対象年齢が広いからだろうな」
「うん、僕もそう思う。今までゲームと言えば子どもがする物って感じだったけど、このDSにはおじいちゃんから孫まで一緒になってできるゲームがたくさんあるからね」
「ふーん。ちょっとやってもいい?」
「いいよ」
「さすが任天堂って感じやな」
「携帯ゲーム機の座は当分譲りそうにないもんな」
「ここまで携帯機がヒットできたのは、やっぱりポケモン効果だと思うよ」
ポケモンは世界のポケモンやもんな〜」
ポケモンって何が面白いの?」洋子さんが画面から顔上げる。
「少年がモンスターを捕まえて戦わせるロープレだよ。でもポケモンがすごいのは、そのアイデアだと僕は思うよ」
「どういう意味?」
「もちろんピカチュウという愛らしいキャラクターデザインも一つの発明だと思うけど、その誕生には実に6年もの年月をかけた様々なアイデアが詰め込まれてるんだ」
「そんなにかかってるんだ〜」
「しかも最初から大ヒットしたわけじゃないしね」
「そうなの?」
「当時はすでにプレステや64と言った次世代ハードが注目されてたしな」
「マリオのピクロスというパズルゲームが100万本売れたんだけど、すでにもう枯れた技術としてしか見られなかった過去の遺産、それがゲームボーイだったんだ」
「その過去の遺産にどんな仕掛けをしたんだ?」
「元々、ゲームボーイが売れたのはテトリスの対戦機としてだったんだけど、その後この通信ケーブルをつないだ遊び方は流行らなかったんだ。そこに目をつけたのが田尻智さんだよ」
「誰やそれ?」
ポケモンの生みの親だよ。田尻さんはこの通信ケーブルを使ってデータを交換するのはどうだろうと考えたんだ」
「データの交換?」
「そう、対戦という意味ではなくて自分だけが持っているデータの交換。それが育てたモンスターを相手に送るというアイデアにつながったんだ」
「送ると何かいい事があるの?」
「成長率が普通より早いんだよ。その為にモンスターには65000もの乱数値が設定してあるんだ」
「うわっ、すごい数ね。それじゃあまず同じ人はいないわね」
「それが結果としてモンスターに個性を持たせる事になるわけだ」カズが卒なくまとめる。
「うん。しかもパッケージも赤と青の2色を用意して、互いに補完し合うように制作されたんだ。ポリゴン表示を使ったリアルな映像が注目され始めた時代にライトも無いモノクロの携帯機がこのアイデア商品によって息を吹き返し、その後の携帯機ブームが出来上がるなんて世間は思わなかっただろうね」
「あれって一匹ずつ鳴き方が違うよな〜」
「そうそう、あんな貧弱な音しか出せないのに全部違うってのもすごいよね。昔ラジオで鳴き声当てクイズがあったくらいだからね」
「名前もつけられるしな」
「カスタマイズの楽しさが自分だけの所有物感をあおるんだろうね」
「脳を鍛えるソフトも結局それだろ?」
「確かに。自分の脳が何歳かって言われると気になるし、当然人とは違う。しかも毎日違うという所が継続させるんだろうね」
「ああ〜、また失敗。ダメだわ。この問題、私苦手。脳年齢65歳だって。最悪。何か他にゲーム無いの?」
「あるよ。おい森なんかどう?」
おい森?」
おいでよどうぶつの森だよ」
 伊藤くんは別のソフトを取り出す。切手より一回り大きなDSカードにデータが詰まっているのは何だか不思議である。
 女の子がゲームをしてる姿ってかわいいなと伊藤くんは思った。

ニンテンドーDS Lite クリスタルホワイト【メーカー生産終了】

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ポケットモンスター  赤

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ポケットモンスター  緑

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